第11話「容疑者、苅生千秋②」

 *


 私は続ける。


 直球に。


「あなたは母親として、娘と適切な関係を築くことが出来ていたと思いますか」


 申し訳ないが、容赦をしている暇も人情も無い。


「…………」


 黙る、しかないよな。


 できていないんだから。


 誰だって自分の非を認めたくはないものだ。


「娘さんの幼少期、青年期のことを、少々お聞きしても良いですか」


「それは事件と関係はないでしょう」


 嫌そうな表情を隠すことなく、千秋さんは言う。


「いえ。あなたの仰る通り自殺の可能性もありますから――、見過ごすことができませんからね」


「わ――私が、私の所為せいで、あの子が死んだというのですか」


 先程までと打って変わって、多少憤った表情を見せる千秋さん。


 その変化は分からないでもない。自分で言うのと他人から言われるのは違うのだ。ただ、その気持ちの機微に気付かない振りをする――優しさを捨てるすべを、私達探偵は用いる。


 時に刃物のように。


「どれくらいの周期で、娘さん宅にご訪問を?」


「それは――2週間に1度ほどです」


 月に2、3回か。


 私も一人暮らしをするようになって結構経つけれど、親が子を見に来る頻度としては、かなり多い方だろう。いくら親とはいえ――いや、親だからこそ、部屋の片づけや配置などに気を使う。


「事件の前日。千秋さんが娘さん宅に訪問された日も、同じようにのですか? その時、特に変わったことは」


「ええ、話し合いました。そうですね――これといって、特にありませんね。私が娘を諭し、娘が半ば呆れるようにして聞き、途中で私が叱り、と言った具合です」


 傍点を付けたつもりだったが、無視された。


「叱り――ですか。娘さん、もう成人されていますよね?」


「ええ。でも親から見れば、いつまでも子供です。私には、娘を女手一つで育てたノウハウがあります。それをあの子に伝えたいのに、あの子ったら」


 女手一つ。


「失礼ですが、ご主人は」


「亡くなりました。娘が小学校3年の時に、交通事故で」


 やはりそうか。


 ここでも、父親という存在が欠如していた。


 小3か。丁度学校にも慣れ始めてきた頃ではないだろうか。


 その時期に父を亡くして――母と娘の生活が始まった。十中八九、その生活の中で、今回の当事者――苅生咲穂さんの人間像が構築されたのだろう。


「すみません、しつけな質問をして」


「いえ――事実ですので」


 素っ気なく、千秋さんは言った。


「では失礼ついでに――娘さんのご離婚の時には、何か揉めごとはありましたか?」


「揉めごとというか、私が反対した――という所があります。娘をもらって下さる方がいるとは思っていませんでしたから、その時にはあの子も妊娠していましたし、勿論反対しました。しかし娘が半ば強引に決着をつけ――という感じですね。事実上の絶縁という形になりました。向こうのご両親がそれはもうかんかんでして……まあ、それだけのことを、あの子がしたのには間違いないのですけれど」


 あんな娘、ね。


 自分の娘をそう評するか。


 自分の子への賞賛に対して「いえいえそんなことないです、うちの娘は駄目なのです」と言う親はいる。謙虚な人間のふりをしたいつもりなのだろうが、その行為は子供の自己肯定感を著しく削ぐ。間違いなく。


 この人も、その類の親なのかもしれない。


 見えない線が繋がって来た――ような気がする。


「止めなかったのですか」


「止めましたよ――でも、言葉が通じないんです」


「それはあなたが、強い言葉でいつも上から言いつけているからでは?」


「っ……あなた、失礼ね。私の家のことです。事件とは関係がないんじゃなくて?」


「まあ、自覚はあります」


 探偵は等しく失礼である。


 失礼であることが探偵の条件だと言っても良い。


 その失礼さこそが、私達の武器でもある。そうやって挑発することによって、言う必要のない言葉までも言わせる――話術、という程のことでもないけれど。


「とにかく、特に変わったことはありませんでした――そして、どうせ自殺なのでしょう」


「どうしてそう思われる」


「それは、当たり前でしょう。子供をあんな育て方をして、自分の失敗を悔いて自殺したに決まっています。それ以外は考えられませんわ」


「そうですか」


 そうであって欲しい、という願望が漏れているな。この人の。


「分かりました。事情聴取にご協力いただき、ありがとうございました」


 そう言って議論を切り上げようとした所、千秋さんの方から、止められた。


「待って下さい。あの子達は、どうなるのです」


「遠い親戚筋の方の元で暮らしています。それは親戚間で決められたと伺っていますが」


「父も母も無しに、ですか? 祖母である私が預かる方が――」


「その辺りの話は、ご親戚で決められたこと、なのでしょう? 少なくとも探偵の関与する所ではありません」


 警察は関与しているかもしれないが、私は違うのだ。


 そうか――苅生千秋には、動機があるのか。


 親を殺害して、子――つまり、という動機。


「親戚の方々はあなたに子供たちを預ける選択をしなかった。それが全てを物語っているとは、思いませんか?」


「…………」


 千秋さんは何も言わなかった。


 親族関係。


 親戚関係。


 あるだろうな、ここの家は。こじれている色々が。


 後から警部に聞いた話だが、親戚の中の比較的まともな人が、この一家の問題を知っており、遠い親戚に預けるよう仕向けたのだそうだ。こんな世にも善人がいるのだな、と、その時は思った。


 こうして、2人目の事情聴取は――泥のような気持ちのままに終わった。




(続)

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