第2話
ティーパーティーはテラスで行われた。幸い天気も良くて庭の緑も青々とし、良い感じにモスグリーンのドレスの私は迷彩色である。カップのハンドルをつまんで紅茶を飲みながら、ふう、と私は溜息を吐いた。はー、至福。誰にも気にされずに居られるのって最高。と言うのもヴォロージャが挨拶回りに行っている所為だ。この短い和みの時間を堪能しよう、と思っていると、そそそそそっと私の元に近付いて来る影がある。
元剣術部で今は高等部に行ったお姉様だ。私もお世話になった方なので、にっこり笑って礼をする。先にそうされて慌てて礼をし返したお姉様は、笑って私に話しかけてくれる。気安くできる数少ないお友達、と言った所か。
「ローリィさんもいらしていたのね。壁の花になっているんじゃ勿体なくはなくて? せっかく素敵な装いですのに」
「王妃様に選んでいただいたものばかりです。自分ではよく分かりません。それよりお姉様は、高等部でも剣術を?」
「いいえ、手芸部で刺繡をしていますわ。手のマメもすっかり取れて、婚約者に心配されることも無くなりました」
「婚約されてはったんですか? それは知らず、ご無礼を。おめでとうございます」
「いいえ、まだ内々の事ですから。私が卒業したら正式に発表と言う事らしいですわ」
「それでもおめでたいことです。お姉様にはお世話になりましたさかい、うちからもその時には贈り物しますよって」
「良いのよそんな! 王家からの贈り物なんて畏れ多いわ!」
「うち個人からです。まだ婚約言うてもままごとの続きみたいなもんやさかいに、気にせんと受け取って下さい。部活では本当にお世話になってしまいましたから」
「……ありがとう、ローリィさん」
うふふ、と笑ってお姉様は私を見下ろす。座っている私の方が、目線は低い。
「私の方がたくさんご迷惑を掛けてしまったのにね、特に一年の頃は。なのにこうして気安く話してくださるあなたが、本当に好ましいわ。殿下がお選びになるのも分かるぐらい、あなたは良い女性ですもの」
「まだまだひよっこですよ、女性としては。それに殿下がうちを選ばはったのは同情もあったやろし」
「同情?」
「うち、実家からは縁切られてるのと同じですのん。跡取りの弟が生まれたからって王都に遊学ついでに結婚相手見付けろって、ほぼ無言の圧力で」
「まあ……」
「その弟にも会ったことはあらへんのですけどね。今年で五歳か六歳か。おかしな教育されてないかが心配ですわ」
「教育?」
「うちも変な事ばっか教えられてきたさかい、多少心配ですねん。辺境伯に帝王学はいらんやろ、みたいな」
「まあ」
「不敬罪でしょっ引けないのが痛いところですわ。第五王位継承者。下手するとうちも暗殺されるかも」
「そんな、」
「そうすれば王位継承権は上がるさかい、ない話でもないんですわ。世知辛い世の中ですよって」
「……ローリィさん。何かあったら、私にも相談してくださいね。家の格も何も無いけれど、話し相手ぐらいにはなって差し上げられますから」
「ありがとうございます、お姉様」
そう、私にも暗殺される理由は出来てしまったのだなあ。思えば六年前だって、陛下と王妃様を暗殺させる暗示を掛けられて王都に送り込まれたのが私だ。幸いヴォロージャやメイドたちが気付いてくれてそれは未遂に終わったけれど、それを分かっているお父様はいっそう深い仕掛けを考えて来ないとも限らない。
面倒だけれど、そう言う生まれなのだ、私は。幼いころから様々な権力者を渡り歩いてきた、歩かされてきたのが私なのだ。だから今更どうとも思わない。
ドアが開いて、本日の主役の令嬢と令息が入って来る。その頃にはヴォロージャも私の隣に戻って来て、ぱちぱちと手を叩いていた。私も手袋で音はならないけれど、ぱふぱふ手を鳴らしてみる。同級生は華やかな白いドレスで、にこにこと笑っていた。私はそれがちょっと羨ましくて、苦く笑って見せる。
講堂で婚約者宣言されている私は、今更お披露目のパーティーをする必要もない。私が白いドレスを着る時は、ヴォロージャとの結婚式になるだろう。もしもこのまま上手く行けばの話だけれど。ヴォロージャが私を見放さず、私もお父様の刺客に襲われることが無ければの話だけれど。
私からヴォロージャを見放すことは?
多分ないんだろうなあと思う程度には、この婚約生活は充実している。
「ローリィさん! ウラジーミル殿下! 来て下さったんですね、良かった!」
「お返事が遅れてしまってごめんなさい、手紙はこの人が検閲することになっているものだから。このたびはおめでとうございます、お二人とも」
「ありがとうございます、ローリィさん。……不思議。あんなことがあったのに。こんなに自然にお話しできるなんて」
あんなこととは、まあ、ヴォロージャの事で因縁をつけてきたことである。この子も昔はヴォロージャが好きだったのだ。今は違うみたいだけれど、隣に婚約者がいるみたいだけれど。うふふっと笑って私は誤魔化す。
「昔のことは忘れてしまいましたわ。おめでたい席ですもの、そうしていましょう?」
「昔、とは? 何かあったのかい?」
「何もございませんよ、ご心配になられることは何も」
ヴォロージャを見上げてみると、きょとんとしている。こいつは本当に覚えていないんだろうなあと、思わせられると自分がちょっとは可哀想になる。学園の女子の半分は敵にしたのだから、あの時は。その主だった被害は私にやって来て、ヴォロージャは後から事態を知って駆けて来るのがいつもの事だった。その時には私がもう片付けてしまってからからの方が多かったけれど。
自分に一度は好意を向けて来た相手にそうまで出来るのは逆にすごいよなあ。さすが初等部一年からラブレターを入れて帰る袋を持ち歩いていた奴は違うわ。薄情だともいうけれど、私がそれを知ったことではない。のだろうなあ。
「ところでお二人の出会いって、どんな様子だったんですの? やはりどこかのパーティーで?」
「え? いや、そのー」
「あの、それはその、ねぇ?」
? おかしなことを訊いたつもりはなかったのだけれど、二人はまごついて歯切れの悪い返事をする。何だろう。
「実は、僕ローリィさんにラブレターを出したことがあって」
「え」
「私も殿下にラブレターを差し上げたことがあって」
「へ?」
「二人揃って同じ場所、同じ時間に指定していたらしくて……それで出会ってから、二人が来るまで待っている間に話し込んでいたら、すっかり仲良くなってしまって」
「あら、じゃあ私と殿下が薄情だったことが原因ですのん?」
「そうなります……」
そりゃ、言いづらいだろうな。そして私たちを招かないわけにはいかないだろうな。じとーっとヴォロージャを見上げる。知らんぷりして斜め上を向いていた。ヒールのある靴で足を踏んでみると。いでっと叫ばれる。痛いのはどっちじゃ、この間抜け。振られた女の子がたまたま幸せになったのだから、ちゃんとせんかい。
「何はともあれ、おめでとうございます。こいつのラブレター検閲はさすがに高等部になったらやめさせるつもりなので」
「なっなんでだよローリィ!」
「お断りは自分でしなきゃ意味ないのんや。無視するだけじゃ相手を悶々とさせるだけでしょーが。それに行間紙背を読む癖も付けなあかんやろ、うちだって。一応次期王太子妃なんやから」
「一応じゃない、絶対だ!」
「はいはいだったら堂々と構えてて頂戴な。うるさくてかなわんわ、ほんま」
くすくす笑っているのは本日の主役たち。笑われるようなことをしている自覚はある、他人の婚約パーティーで痴話げんかなんて。だけど、この辺で公言しておかなければならないだろう。私にラブレターを出しても良い。これからはヴォロージャの検閲なく、私自身が断りに行くと。
結局断られるだけなんだからわざわざ手紙を出す人もいないだろうけれど。思いながらオレンジのタルトを頂くと、ちょっと酸っぱくて、それが少しだけ焦げた甘いメレンゲとよく合ってて美味しかった。あー良かった、ティーパーティーまで勝手に反故にされなくて。
少し談笑してから私たちは次のパーティーの会場に向かう。週末は勉強したいのだけれど、この分だと午後遅くになりそうだな、と、ちょっと級友たちが頑張っている姿を思うと申し訳なくなった。最近は私の友達の方がヴォロージャの友達より成績が良くて見てくれてるけれど、ヴォロージャはこの所よろしく無いのでしっかり躾けなくてはならないのだ。未来の王様が王妃様にいつまでも負けてるんじゃ格好付きませんよ、まったく。
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