異国訛りの令嬢と王子の恋愛は暗殺に悩まされる

ぜろ

第1話

 王立学園中等部も卒業シーズンになるとわやわやと人々が騒ぎ出す。ダンスパーティーの相手探しだ。ここぞとばかりに告白する人、婚約する人であちこちからお茶会の招待状がやって来る。

 王子の婚約者である私の元にも勿論それはやって来るのだけれど、毎日そう言った手紙は王子に検閲されるので、私の手元に来るのはぎりぎりになってからだ。ラブレターが混じってないか、王子は念入りに調べる。剃刀レターを食らっても大丈夫なように、馬術の訓練用の手袋を付けてだ。本当、この王子は私に対して過保護すぎると言うかなんというか。ウラジーミル王子――ヴォロージャは、私を誰にも渡したくないと言う独占欲が強すぎて、時々恐ろしい。時々? いや、毎日か、このところは。


 一日に二・三通だから良いけれど、下手をするとヴォロージャの分も合わせて十通近くになることもある。そうなるとヴォロージャも面倒くさそうだった。自分に懸想してくる手紙は片っ端からゴミ箱に突っ込むこの王子は、ちょっと外交問題とかを任せられない相手だと思う。即位するまでにこの悋気が収まってくれれば良いのだけど、と、私は溜息を吐きっぱなしだ。


「ローリィ。今日の分の手紙はこれだ」

「はいはい……」


 王城の部屋に届けられるのは、本当にいたって何の変哲もないティーパーティーの招待状だけ。私に対するラブレターは一切読んだことがない。いや私に来た手紙は私に読ませろと思うのだけれど、私より先に私のロッカーを開けて手紙を攫って行くこの王子には、それは無駄な進言だ。私の人権は特にない。これでも王位継承権第四位の辺境伯令嬢なんだけれどな、私。


「ヴォロージャも一緒に、って書いとる招待状もあるみたいやけど、そっちはどうすんのん?」


 辺境育ちで隣国訛りのある私の言葉に、ああ、とヴォロージャは答える。


「勿論一緒に行くぞ。俺はお前の婚約者なんだからな。おかしな虫が付いたら俺が困る」

「いっちゃんおかしな虫はヴォロージャ本人や思うんやけどな……」

「何か言ったか?」

「いや何も言うてへん。無駄な事やしな」

「なら良い。俺への招待状にもお前と一緒に、と書いているものがあったから、それには付き合ってもらうぞ。週末は三件だ。ドレスは母上に見繕ってもらえ」

「王妃様にそないな面倒掛けられるかいな。自分で勝手に選ぶわ」

「そうすると母上の方が煩いぞ。女の子欲しかった人だから着せ替え人形が無くなるって」

「うちはおもちゃかいな……」

「かもな」


 学校から帰ってデイドレスに着替え、王妃様に声を掛けてそのクローゼット部屋に向かう。昔の物から今の物まで殆どを収納しているその部屋は、王妃の道楽部屋だと言っても良い。小さな頃からのものもあれば、成長に合わせてどんどん大きくなっていくものもある。

 自宅に置いてくれば良いだろうに、いつか女の子が生まれた時の為に! と取っておいているそうだ。私が王城の居候になったのは九歳の時、六年前からだけど、以降自分の服を誂えたことは数えるほどしかない。全部この道楽部屋から似合うものを引きずり出されて来た。幸い王妃様と私の髪色は近いから、似合う服も似通ってくるのだ。便利なんだかどうなんだか。分かってて王妃様にドレス選びさせるヴォロージャは、悪人だと思う。


 きゃっきゃはしゃぐ王妃様も悪い人ではないんだけれど――けっして悪い人では、ないんだけれど、ちょっとそのはしゃぎようが度を超すと言うかなんというか。


「今回はこのモスグリーンのにしましょうよ! エメラルドのネックレスが良く似合うのよ、パールのチェーンが付いているんだけれど、上品で綺麗なんだから!」

「はあ……」

「ローリィちゃんてば肉付きが良いから、そろそろ私のドレスじゃ胸がきつくなって来ちゃったかしら? 私もばしばし運動していたのだけれどなー」

「うちも毎日運動して勉強してますよ。放課後の勉強会はなくなってきましたけど、休日は纏めてやるようになりましたし」

「いーなあそれでも胸があって。私自分のことは大概肯定して来たけれど、この胸ばっかりはもうちょっと欲しかったわ。ヴォロージャにお乳あげるのも大変だったもの、溜めておけなくてこまめにって。すぐに痛くなるし」


 くすん、と泣いて見せる王妃様である。胸胸言わないで欲しい、こっちはメイドに採寸を頼むのも恥ずかしいんだから。それにしても授乳か。確かに溜めておけないのは痛そうだと納得してしまう。王妃様はスレンダーだから。


 放課後は仲の良いクラスメートと集まって毎日勉強会をしていたのだけれど、それも今は昔だ。それぞれ部活が忙しくなってくると、時間が取れなくなってくる。だから城に招いて週末は一週間のおさらいをすることになっていた。テストの時は毎日泊まり込んで。それも小学生の頃からだから、大分馴染みがある。中学も三年間同じクラスだったのは多分王様が手を回した所為だろうけれど、他の友達も出来たし、そうでなくても彼や彼女がいたから疎外感はなかった。

 何と言っても私、入学式の日に王子御みずから『俺の婚約者に手を出すな』宣言をさせていたのだ、遠巻きにもされよう。まあ、片っ端から喧嘩売って来る連中は片付けて行ったけれど。その中で良い友人になった人もいる。私が属している剣術部にはとくにだ。お世話になったお姉様や今もわいわいやれる同級生。彼女たちも婚約者が決まったと、ティーパーティーの招待状をくれた。人生の前半も良いところから輿入れ先が決まってしまうのは恐ろしくないんだろうかと私はいつも思う。九歳の時に王子から告白されてる身からすると、おっとろしい。


「ほらほらこのネックレス! 当ててみて、ローリィちゃん!」

「あ、本当、綺麗」

「でっしょぉ? ちょっと着て見せて、修正が必要ならさっさとメイドに頼まなくちゃだから! 脇の所にレースを足せば大丈夫だと思うんだけれど、時は金なりって言うし、早く早く!」

「はあ……」


 くるくるデイドレス剥がれてパーティードレスに着替えさせられる。まだぎりぎり大丈夫だな、胸は。そこにエメラルドのネックレスを着けられ、髪も普段のポニーテールから地毛の巻き毛に下ろされると、自分がお姫様になったみたいだった。いやお姫様ではあるんだけど、これはパーティーの主役を食ってしまわないか。せめてネックレスをもっと地味にした方が良いだろう。


「ネックレス、もう少し小さな石はありませんのん? 王妃様」

「えー目立って良いのにぃ……じゃあこっち」

「それで良いですそれで。他人のパーティーで目立ったらあかん思いますよ」

「そんなものかしら。主賓でしか呼ばれたことがないから分からないわ、私も陛下も」


 こんのブルジョワジーめ。


 少し小さいペンダントにしたことで、悪目立ちせずに済みそうだった私は、ほっと息を吐く。王子の婚約者なんて不安定な地位なのだ、いつ誰かにとってかわられるか分からない。ヴォロージャだって九歳から六年間私以外を見たこともあるはずだろう、だからこそ悪目立ちしてはいけないのだ。あれだけ堂々としておいて、なんて言われたくはない。堂々とすることはしてるけれど、それはあくまで一令嬢としてだ。けっして王太子婚約者としての意味ではない。つもりである。私としては。

 それが通じないのが貴族社会だから嫌になるわなあ、と私は夕食の席で溜め息を吐く。


「おやローリィちゃん、何か嫌いなものでもあったかい?」

「いえみんな美味しいです、陛下。ただ、ヴォロージャと連れ立って行くティーパーティーが心配なだけで」

「ヴォロージャのブローチはエメラルドで、お揃いにしましょうね、ローリィちゃんと! 大丈夫、うちの人そんなの山ほど持ってるから!」

「山ほど持ってるのは君が買い揃えたからだろう……何か心配事でも?」

「目立つのが嫌なだけです。ヴォロージャ最近背も伸びて、高等部のお姉様からもお手紙頂くようになってはるみたいですから」

「あらまあ隅に置けないわねえ、我が息子ながら。勿論お断りは」

「してません。無視はしてます」

「それでローリィちゃんに迷惑かけるようになったらどうなるの。めっ」

「めっ、って、十五歳の息子に何を……」

「息子はいつまでも息子です。ローリィちゃんただでさえ刃傷沙汰が絶えない生活してるんですからね、誰かの所為で! 少しは減らそうと努力なさい、ヴォロージャ! それがナイトの務めですよ!」

「残念ながら俺もローリィも盤上にはいないプリンスとプリンセスなので」

「あらよく分かっているじゃない。安心したわ」

「どこに」

「自分たちが規格外だって理解していることによ」


 ほほほ、と笑う王妃様に、陛下も苦笑いをした。

 ヴォロージャは溜息を吐いて、夕食を食べ進める。

 私は憂鬱な週末を、せめて勉強のことだけ考えて過ごすことにした。

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