第3話 不採用通知

 メールが届いたのは、面接からちょうど24時間後だった。

 蓮は大学近くの喫茶店で、ぼんやりとアイスコーヒーをすすっていた。テーブルに置かれたスマートフォンが振動し、彼は条件反射のように画面をのぞき込んだ。


《件名:選考結果通知》


 差出人は「セオノミクス・グローバル 採用AIシステム」だった。

 蓮の手は震えていた。けれど、どこかで分かっていた。もう希望は薄いとでも言わんばかりに、達観した様子で、指はメールを開いていた。


《評価結果:不採用》

 選考の結果、誠に残念ながら今回はご希望に添いかねる結果となりました。

 AGIによる統合評価において、申請者様の未来価値指数が採用基準を下回りました。

 評価内訳:

 ・未来価値指数:41.6/100

 ・対人貢献期待値:低

 ・適応性:平均

 ・創造性:やや低

 ・社会的再現性:不安定


 以上の数値に基づき、採用は見送りとさせていただきます。


 今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。


 蓮は、メールの文面を何度も読み返した。

「未来価値指数」。この一言が、重く心を沈めたのか、目は宙をさまよった後、地面を見続けていた。

 自分という人間の価値を、たった数値ひとつで判断された。いや、判断されたのは“未来の蓮”だった。まだ何者でもない、自分の“可能性”が、否定されたのだ。


 目の前のコーヒーの氷が、ゆっくりと溶けていく。蓮の思考も、それに引きずられるように崩れていった。


(俺は……生きてる意味があるのか?)


 大学生活の四年間、将来が見えず、それでもコツコツと努力してきた。無遅刻無欠席、図書館での自習、サークル活動での裏方。派手な経歴はない。でも、誰かの支えにはなれていた。そんな小さな自負さえ、今は「創造性やや低」「貢献期待値:低」とラベル付けされて、消し去られた気がした。


 喫茶店を出ると、街は夕暮れに染まっていた。

 人の流れは変わらない。春の陽気に包まれ、スマホ片手に歩く人々の顔には、それぞれの日常がある。

 蓮だけが、そこから取り残されたような気がした。


 歩きながらSNSを開くと、友人の投稿が目に入った。


《セオノミクス内定!最終面接、4分で終わったのに通った!AIってすごいな〜》


 友人は、大学でも特別目立つ存在ではなかった。けれど親が医者で、幼い頃から習い事も多く、推薦状や資格も山ほど持っていた。AGIが好みそうな「実績」を並べれば、たしかに蓮より「未来価値」が高く見えたのかもしれない。


 スマホをポケットに戻した。

 視界がかすみ、目の奥が熱くなっていた。


(全部、AIが決めるのか……これからの人生も)


 人間の目に映る“頑張り”や“意志”は、AGIには見えない。

 語られる夢も、細かな葛藤も、数値にできなければ無意味なのか。

 社会に、自分の居場所があるのか。

 疑念は、波のように押し寄せてきた。


 夜、蓮はひとり自室のベッドに横たわったまま、天井を見つめていた。


 天井の模様が、いつもよりくっきりと浮かび上がる。

 時計の針が、無音で時間を削っていく。


「俺って、何なんだろうな……」


 小さな独り言が、空虚に部屋に響いた。

 自分は、AIにとっては“いらない人間”なのか。

 思ったとたん、全身から力が抜けていった。


 その時だ。


 机の上に置かれた、古びたノートに視線が留まった。

 高校時代、教師に言われて書き始めた「夢ノート」。

 開くと、不格好な字でこう書かれていた。


「誰かの役に立つ大人になりたい」


 AIに、こんな言葉は評価されない。

 でも——それでも、これが“自分の言葉”だった。


 静かに、蓮は目を閉じた。

 涙は出なかった。

 代わりに、胸の奥に、小さくて消えそうな炎が残っているのを確認していた。


 まだ終わっていない。

 世界がAIに飲まれても、自分という人間の物語は、これから始めることができる。

 蓮は決意を信じたいと、思っていた。

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