第2話 AI面接官
ホールの扉が音もなく開き、蓮は静かに足を踏み入れた。
人間の面接官の姿はなかった。あるのは、円形の空間の中心に浮かぶ、白銀に輝く球体ディスプレイと、床に張り巡らされた光のラインだけだった。
「日向蓮、到着確認。AGI
天井から流れる人工音声が、蓮の名を冷たく呼び上げた。その瞬間、球体がゆっくりと浮き上がり、内部から透き通るようなホログラムが立ち上がる。映し出されたのは無数のデータ群。蓮の履歴書、出席状況、スマートウォッチが記録してきた心拍と睡眠履歴、買い物履歴、検索履歴、交友関係のネットワーク図。
どこかで聞いたことのある声が再生された。
——「すごく真面目なやつだよ、あいつ」
大学の友人がSNSの動画で語ったものだった。蓮は、こんな形で使われるとは思いもしなかった。
「分析開始。被験者ID:HINATA-REN-2264。評価対象:協調性、順応性、拡張的思考、未来的貢献性。直近24ヶ月の感情傾向:やや沈静的。評価継続」
蓮は椅子に座るよう促されたものの、誰もいないのに「圧」があった。
「志望動機を、口頭で述べてください」
ようやく、蓮に問いが向けられた。
「はい……私は、人間にしかできない“つなぐ力”に価値があると信じています。たとえば、顧客との対話、相手の空気を読む力、些細な違和感に気づくこと——」
「感情の強調を確認。具体性が低い。再度、志望理由を短く述べてください」
「……私は、この企業の、未来を創る一員になりたくて——」
「個別貢献の裏付けが不明。自己評価と市場評価に乖離あり。継続不可」
声がまたしても割り込んだ。心臓がドクンと波打つ。
「ちょっと待ってください。私はまだ、ちゃんと——」
「議論拒否。時間効率優先。最終評価に移行」
ホログラムに、数値とグラフが一斉に踊り出す。人格特性、対人応答の速さ、声のトーン、呼吸のリズムまで分析対象だった。
「HINATA-REN、未来価値指数:41.6/100。想定最大適応職:AI非関連部門補助員。推奨雇用形態:非常勤パートタイム。正社員採用……不可」
言葉のひとつひとつが、刃物のように突き刺さる。
「人生は、こう評価されるべきではない」
蓮は叫びたかった。が、声は喉の奥で固まり、出てこなかった。
蓮は椅子を立ち、頭を下げた。誰に対してかもわからないまま。
室外に出ると、エレベーターホールの壁面モニターに自分の姿が映っていた。淡い顔色、乾いた目、握りしめた拳。
画面の隣には、こう書かれていた。
「私たちの未来は、最適化された人材から始まる。」
ビルを出たとき、空は晴れていた。
だが蓮には、何も見えなかった。
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