第4話 失業者都市・シグナルタウン
蓮は、都心から電車で約40分の場所にある“シグナルタウン”へと向かっていた。そこは、かつて工場地帯だった一帯を再開発した「再適応支援区」。AGI失業者、就職適性なし判定を受けた若者たちが流れ着く場所だ。
駅を出ると、街は静かだった。ビルというより、灰色のコンテナを積み重ねたような簡易住宅群が広がっている。道路沿いにはAI監視カメラとドローン型巡回機が浮かび、まるで都市全体が無言で見張られているようだった。
「ここが……“落ちた人間たちの終着点”か」
誰かがネットでそう呼んでいた言葉が、蓮の脳裏をよぎる。
コンテナの間を歩くうち、雑居棟の掲示板に辿り着いた。そこには「支援アプリ登録はこちら」と書かれたQRコードと、住民向けの案内が貼られていた。
蓮はスマートフォンで読み取ると、すぐにアプリ「リブアシスト」が起動した。顔認証と過去のAGI評価情報を元に、わずか3分で登録が完了する。
《ようこそ、日向蓮さん。あなたの生活維持権が確認されました》
——それが、シグナルタウンのルールだった。
シグナルタウンでは、毎月「7.5バーチ(仮想通貨)」相当のベーシックインカムが支給される。家賃、食料、医療、すべてアプリ内ポイントでまかなわれ、現金は不要。だが利用規約にはこう書かれていた。
「再評価対象外。社会復帰の機会は、自己努力によるのみ」
AIの目から見て「使えない」と判定された以上、やり直しのチャンスは一切与えられない。仮に何を学び、どんな活動をしても、再び正規の社会に戻るには“奇跡”が必要だった。
コンテナ型の居住区に案内され、蓮は無機質な一室に入る。
壁にはAI監視用カメラ、天井には音声認識マイク、家具は最低限のベッドと簡易モニターだけ。
「……なんだよ、これ」
息苦しさに耐えきれず、外に出た。夕暮れの光の中、街の路地には若者たちがたむろしていた。彼らはかつて、医師を志した者、起業家を目指した者、大学でAI倫理を研究していた者——さまざまだった。
だが今では、彼らは共通して“価値がない”とされた存在だった。
「よぉ、新入りか?」
声をかけてきたのは、坊主頭の男だった。蓮より少し年上に見える。
「オレは千堂。5ヶ月目の“落ち組”。慣れたか?」
「いや……まだ全然」
「そうだろうな。最初のうちは、自分が生きてる意味が分かんなくなる。でも、考えてみろよ。ここにいる全員が“未来がない”と断じられた。そんな連中が集まった場所って、逆に、最先端じゃね?」
千堂は笑って言ったが、その笑みはどこか壊れかけていた。
「未来がないからこそ、俺たちは“今”を生きるしかない。未来はAIが奪った。でも、“今”だけは、まだ俺たちのものだ。そう思わないか?」
蓮は、うまく返事ができなかった。
だが、言葉は不思議と胸に残った。
空を見上げると、ドローン型の監視機が静かに浮かんでいた。
星ひとつ見えない曇り空の下、シグナルタウンは、ゆっくりと夜を迎えようとしていた。
蓮はコンテナの薄いベッドに横たわりながら、自分の“今”について考えていた。
未来が消えたなら、今を燃やすしかない。
それが……、おのれの価値を奪われた者に残された唯一の抵抗なのかもしれない。そう思うしかなかった。
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