特別編III「時をほどく襟たちの記憶」
……襟というのは、まるで時計の歯車のようなもんでな。
一つひとつは小さくとも、時代という服の流れをきちんと動かしてきた。
今夜は、ときに忘れられ、ときに愛されてきた襟たちの話をしてやろう。
ショールカラー「包み込む者、ショール」
最初に紹介するのは、ショールさんじゃ。
彼の襟は、丸くなだらかに肩まで流れる一枚布。
まるで、暖かなショールや羽織をかけたかのような、包容力のある襟じゃよ。
「とがらなくていい。包むことで伝えられる優しさもあるんだよ」
ショールカラーは、タキシードやカーディガン、ガウンなどに多く使われる。
角のない曲線がもたらすのは、鋭さではなく寛ぎと気品。
格式ある場でも、どこか安心感を与える襟なんじゃ。
けれどファッションの主流からは少し離れている。
「攻め」が求められる現代において、彼のような**“譲る強さ”を持った襟**は珍しい存在になった。
だが、年配の紳士や、夜のホテルマンたちは知っている。
ショールカラーの微笑みは、人を緊張から解き放つことを。
……わしも、あの襟には何度か救われたことがある。
手が震える新人に、そっとかける“布の励まし”じゃな。
セーラーカラー「呼ばれし者、セーラー」
次は――ちょいと風変わりな襟じゃ。
セーラーカラー、そう、あの水兵の制服に由来する特徴的な大きな襟じゃよ。
「風に吹かれて、波を聴く。
でも、僕のルーツはいつだって“帰港”なんだ」
セーラーくんは、背中まで大きく広がったスクエアな襟をもつ。
その形は、もともと海で波音を拾いやすくするためのデザインともいわれる。
軍服から制服、そしてファッションへ。
とくに子ども服や、明治以降の学生服の象徴としても日本では馴染み深い襟じゃな。
だが、彼自身はあまり語らない。
「呼ばれた時にだけ現れるのが、海の流儀」と言って、
普段は静かにクローゼットの奥で眠っている。
――けれど、いざというとき、
あの四角い襟は、着る者の背筋をぴんと正すんじゃ。
まるで、航海に出る者の覚悟を思い出させるようにな。
ラウンドカラー(クラブカラーとは別個)「丸きもの、己を知る」
最後は、ラウンドカラーくん。
クラブカラーの兄弟のような襟じゃが、より現代寄りのニュアンスをもつ襟なんじゃ。
襟先が丸く削がれたその形は、優しさと控えめな洗練を兼ね備える。
トレンドに飲まれることなく、静かに着る人を引き立てる。
「鋭くならなくても、自分を通すことはできる。
僕は“曲線で語る人”になりたいだけさ」
カジュアルにもドレスにも“挟まれる”立場ゆえ、扱いづらいと思われがちだが、
セーターやニット、柔らかい生地との相性は抜群。
丸みには“寄り添う力”があるということを、彼は身をもって教えてくれる。
そして何より、あの形を「かわいい」と受け取る人もいれば、
「伝統的だ」と評する人もおる。
つまり彼は、見る人によって姿を変える襟なんじゃ。
「主張することだけが存在じゃない。
輪郭を和らげることにも、美しさはある」
――わしは、この言葉を、若い仕立て人に何度も伝えとる。
さて、今宵の引き出しは、これで閉じるとしようかのう。
今はもうシャツの主役から遠ざかった襟たち――
けれど、彼らは皆、人の気配を忘れたことはないんじゃ。
どこかでまた、風が吹いたとき。
誰かが「この形が、今の自分にしっくりくる」と感じたとき。
そのとき、彼らは再び呼ばれ、袖を通される。
襟の時代は、終わらん。
それぞれの形が、それぞれの声で、今も語り続けているんじゃよ。
『シャツの街の物語 ―襟たちのささやき―』 Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter
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