最終話 北の国で生きていく
北の国で生きていく
イヴがアンカレッジに弁護士事務所を開いてから3年が経った。
仕事を終えてSUVで保育園に息子を迎えに行き、助手席のチャイルドシートに息子を座らせ、シートベルトをしっかり締めて、クリークタウンに戻る。
最近は仕事が増えてきて、もっとクライブに手伝って貰う必要があるかもしれない――などと考えながらハンドルを握り、ハイウエイを走る。
息子はいつものようにアニメのDVDをせがみ、イヴはナビの液晶画面を切り替える。最近のお気に入りはポケモンだ。お気に入りのポケモンはゼニガメで、キャラクターは
アニメを2話見終えるとちょうどクリークタウンに到着する。
ジョージの店の前を通って我が家に到着だ。ジョージの店は今日も繁盛している。もう結構な歳になったが、今も元気だ。命の恩人であるジョージには感謝しかない。マギーも頻繁に店に来ているらしく、今晩も彼女の車が店の脇に駐車してあった。彼女は離婚が成立し、一悶着あるロマンスの後、再婚した。今は若い旦那とラブラブ生活だ。本当にいろいろあったのだが、それはまた別のお話。イヴはあの騒動を思い出してクスリと笑う。
SUVを家の敷地内に停める。
まだ明るい時間帯だが、普通に夕食の時間だ。遠征に行っていたクライブは無事に戻ってきており、SUVからシーカヤックを下ろしてホースの水でシーカヤックを洗っていた。
SUVから降り、息子を助手席から下ろしてクライブの元へ行く。
「おかえり。保育園は楽しかったか?」
ホースを手にしたままクライブが息子に聞いた。息子は大きく頷いた。
「パパはいつもえんせいにいっていればいいとおもう」
「いうなあ、こいつ!」
クライブのガイドの仕事がないときは、息子は家で過ごしている。しかし彼は保育園にお友だちがいっぱいいるので、息子は保育園の方が好きなようだった。
クライブは適当にシーカヤックを洗うのを切り上げ、イブと息子と一緒に母屋に向かう。3軒目のコテージを作っているところだが、完成はまだまだ先になりそうだ。意外とシーカヤックガイド業が回っているので、弁護士業との両立が難しくなってきている。痛し痒しだ。
母屋に入るともう夕食は完成しており、鍋を温めるだけになっていた。クライブは調理用ストーブに薪を足し、火をおこし、鍋が温まり始める。その間にイヴと息子はいろいろ片付けてから、リビングに戻ってくる。
戻ってきた頃にはテーブルにクラムチャウダーと季節の野菜サラダ、そしてパンが並んでいる。十分で豊かな食卓だ。
テーブルに着き、家族揃っての夕食が始まる。
クライブの今回の遠征はテレビの取材の随伴だったので大変だった、とぼやいていた。とはいえ、そういう方面から声がかかるのはありがたいことだ。
イヴの方は仕事が増えてきて、クライブに助け船を出して欲しいという話をした。同じ船を出すならシーカヤックの方がいい、とクライブは冗談を言った。彼の中では正義の弁護士はすっかり過去のことになっているらしい。それは今の暮らしと仕事が彼の性に合っているということでもあるのだから、イヴはありがたいことだなぁと思う。とはいえもちろん、彼に弁護士の仕事を手伝って貰わないとイヴの弁護士事務所はどうにもならないのだ。
イヴは事件の後すぐに、ボスの弁護士事務所を円満退職をし、アンカレッジで独立して弁護士事務所を立ち上げた。ボスは半分残念がり、もう半分はクライブとイヴの未来を祝福してくれた。彼はそれから程なくして挙げたイヴとクライブの結婚式に参列してくれたし、昨年はシーカヤック体験にもわざわざ来てくれた。昨年は彼と久しぶりに会えたので、イヴとクライブはいろいろな感慨に浸りつつ、精いっぱい彼を歓待した。
イヴは息子にきれいに食べるよう指導し、息子は渋々ママに従い、時間を掛けて夕食を終えた。イヴが夕食の後片付けをしている間にクライブが息子を風呂に入れ、そして寝かしつける。
しばらくイヴとクライブは各々の時間を過ごし、一緒に寝室に入る。結婚して5年経つが、未だにラブラブだなあとイヴは自分たちのことを客観的にもそう思ってしまう。ベッドを見ると枕カバーが『Yes』になっていて、イヴは笑った。
「なあに、この枕カバー。知ってるけど。どこで買ってきたの?」
「裏返す?」
「全然そんな気はありません」
クライブが遠征から帰ってきたので一緒にベッドに入るのは久しぶりだ。枕元に避妊具の箱があるが、イヴは迷う。
「使う?」
クライブが聞いた。
「2人目欲しいけど、仕事がね……」
「なんとかなるさ。これまでなんとかなったんだから」
「その論理は成り立ちません。でも、やっぱりなんとかなるかな?」
イヴは笑いつつ、避妊具の箱を遠くにやる。
クライブが軽くキスをして、イヴは舌を入れて返す。
「じゃあ、がんばるか」
「がんばりましょう!」
クライブは今日も格好いい。クライブが自分のことを今も美人と思ってくれていると嬉しい。もう30代半ばだが、人生まだまだだとイヴは思う。
もうすぐ夏が終わる。
夏が終わると短い秋があり、すぐに厳しい冬がやってくる。
イヴがこの北の国で過ごす5回目の冬だ。
冬には冬の美しさと恵みがあり、この北の大地と海に生きる生き物はその恵みを受けて厳しい寒さをたくましく生き抜いていく。
人間はその片隅で大人しく生き、自然の偉大さ・雄大さを思いつつ、春の訪れを待つ。
そう、どんなに冬が厳しくてもまた春が来て、夏が来るのだ。そしてまた秋が来て冬が来て1年が過ぎ、そしてイヴはクライブと一緒に歳をとり、息子は健やかに成長を遂げ、いつか大人になる。
この北の国で生きていく。
偶然と様々な選択を経て、イヴとクライブはこの
2人一緒にいれば、きっとその希望は叶うに違いない。
イヴはそう考えながらクライブに愛され、いつものように彼自身を受け入れるのだった。
了
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