彼のそばに-4
高圧電流の衝撃で神経がパニックし、自由に身体を動かせなくなる。スナークに蹴飛ばされ、身体が仰向けになり、スナークの顔が近づいてきたのが視界に映る。
……私、役立たずだ。こんなことになるなんて……これから私、こいつに犯されてしまうんだ。
そう思うと涙が出てくる気がしたが、実際には神経がパニックになっていて、既に涙はボロボロ出ている。自分の血で赤く染まった視界も涙で歪む。
スナークは愉快そうに言った。
「犯すなら女の方が先の方がいいな。お前は大人しくそこで自分の女が犯されるのを見ているがいい」
スナークの下半身はここに来たときからむき出しになっていたが、スナーク自身は変わらずにそそり立っている。クライブ以外の男性器を生で見るのは初めてだが、醜悪だとしか思えなかった。その醜悪なモノを自分に突っ込まれるのかと思うと激しく嫌悪感を抱いたが、もう、どうにもならない。
スナークがナイフでイヴのスカートを切り裂く。
「久しぶりだな。嫌がる女を抱けるのは。嬉しすぎるぜ」
スナークがそう愉快げに勝利宣言したそのとき、銃声と共にスナークの顔面が真っ赤に染まった。そして血しぶきが四方八方に飛び散り、イヴの上にしたたり落ちる。
スナークは後ろによろめき、2発目も顔面に命中、3発目は胸部に命中、4発目も顔面に命中し、そのまま後ろに倒れて動かなくなった。
イヴには何が起きたのかさっぱり分からなかったが、聞こえてきた声で射撃手が誰かは分かった。
「騎兵隊の到着だぜ。ラッパはないけどよ……」
「ジョージ! そんなこと言っても、今どき誰も分からないよ!」
クライブの嬉しそうな声が聞こえてきた。まだ身体が動かせないから声で判断するしかないが、ジョージが助けに来てくれたらしい。騎兵隊の到着というのは昔の西部劇の定番展開で、主人公のピンチに現れるデウスエクスマキナのことだ。確かに最近は見ない展開だ。
「イヴ! 大丈夫? しっかりして!」
マギーが駆け寄ってきて半身を起こしてくれて、イヴはようやく事態が飲み込める。
「……マギーがジョージを呼んできてくれたの?」
マギーはうんうんと頷きながら、自分の服を裂いて、出血しているイヴの頭部に巻いてくれた。出血はそれほどでもないようだ。マギーは半泣きで言った。
「間に合って良かった」
アンカレッジ空港でジョージに連絡するという手を思いついていたら、こうはならなかったかもしれない。しかし今更考えても仕方がないことではある。
ジョージは倒れているスナークにライフルの銃口を突きつけ、凄みをきかせて言った。
「よくもオレん家の目と鼻の先でこんな騒ぎをしてくれやがったな! タダじゃ済まさんぞ!」
この街の顔役としては決して許せないことだということはよく分かる。しかしジョージがクソ野郎に話しかけている、ということは……
「……そいつ生きてるんです? 何発も命中して派手に出血して血まみれなのに」
イヴが聞くとジョージは嬉しそうに答えた。
「猟じゃないからペイント弾さ。普段からライフルに実弾を装弾していたらオレはとっくに殺人犯になってるよ」
もしスナークが死んでいて、ジョージが逮捕されるようなことになったら、イヴは自分で彼の弁護につく気満々だったのだが、要らぬ心配で済んで安堵した。しかしそう言うからにはジョージはいつもこんなことをしているのだろうか。ちょっとジョージが怖くなったイヴだった。
スナークはいずこかへ逃れるべく動こうとして、ジョージに睨まれる。
「ペイント弾でもライフルの装薬量だからな、この至近距離なら楽に死ねるぜ、ゲス野郎」
そう言い放った直後、ジョージはライフルの銃床でスナークの頭をぶん殴り、スナークは気絶して大人しくなった。
「ありがとうジョージ……」
手脚を縛られ、下半身を丸出しにしているクライブが礼を言う。クライブはジョージに縛めを解いてもらって自由になると、太ももの傷をタオルで止血した後にパンツだけは履いた。そしてイヴの元にきて膝立ちになり、目線を同じ高さにすると感慨深そうに言った。
「……戻ってきてくれるなんて思わなかった」
とても優しい笑顔だった。
「……無事でよかった」
本当に心からイヴはそう思う。自分の危機ではなく、彼の危機でなければ、いくら日頃から射撃の練習をしていても、トリガーを引くどころか狙いを定めることすらできなかっただろう。自分は少しは役に立ったのだろうかと考えてしまうが、己は最善は尽くしたと言い切れる。
「僕より君の方が重傷そうだ……」
クライブは心配そうに涙ぐみつつ、イヴの頭を撫でる。イヴは小さく首を横に振る。
「ううん。2人とも生きてる。それだけで十分」
マギーはジョージに、スナークを縛るのを手伝えと言われ、2人から離れた。
「ごめん。君がメガロポリスに帰るって言って巻き込まなくて済むかと思ったけど、結局君を巻き込んでしまった……」
水くさいというのはこういうことを言うのだと思う。
「相手の人生に巻き込まれるっていうことが、2人で生きていくってことなんだと思う。だから、いいの。そして、よかった。本当によかった……」
「立てる?」
イヴは頷き、クライブはイヴを立たせる。
「……ああ。もう……」
クライブは言葉を失い、イヴを固く抱きしめる。イヴが怪我をしているのは側頭部だけでなく、1発目に被弾した防弾チョッキの下も打撲を受けているのでハグされると痛いのだが、そんなことはイヴにはどうでもいい。痛みをガマンすることすら必要ない。
彼のぬくもりと香りに包まれれば、どんな場所でもどんなシチュエーションであっても幸せだとイヴは思う。
遠くからサイレンの音が聞こえてくる。どうやら保安官がサイレンを鳴らしながらパトカーでやってきたらしい。
さて、一体何から説明すればいいのだろうか。
そう考えながらイヴが顔を上げると、クライブの顔が近づいてきた。イヴは即座に理解する。
――映画だったら間違いなくここでキスシーンだものね。
下半身パンツ一丁のクライブと血まみれの自分がキスをしても絵にはならないかもしれない。それでももちろんイヴはクライブのキスを受け入れ、たとえようのない幸福感を味わったのだった。
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