彼のそばに-3
マギーは軽飛行機を無事クリークタウンの飛行場に着陸させるとタキシングして駐機場所までいき、すぐ脇に駐車してある車にイヴを導いた。アンカレッジの空港から連絡がきていたようで、やはり管制官から罵倒されたが、マギーは全く取り合わない。夜を共にした男だからというわけではないだろうが、人の命がかかっているかもしれないのだから真剣そのものだ。
マギーにはイヴが知る限りの情報を伝えた。ボスからもらったメールでスナークの犯罪歴と残虐なやり口を知り、イヴは生きた心地がしなかった。どうしてクライブは自分に相談してくれなかったのだろうか。いや、その気持ちは分かる。立場が逆だったら相談しないだろうし、また、自身、ストーカー被害がクライブに及ばないようにとメガロポリスに帰ろうと決めたばかりだった。
しかしそれでも自分がいればスナークに対する牽制にはなったと思うし、自分がターゲットにする可能性を考えれば、射撃練習を続けてきた成果を発揮するシチュエーションが訪れたかもしれない。
もしもを考えても仕方がない。
マギーは街中でも時速100キロ超えで車を走らせ、クライブの家に向かう。しかし途中で火災現場があり、交通整理されて迂回させられる。保安官と連絡がとれなかったのはこのせいかとイヴは運の悪さを嘆く。
スーツケースからは自動拳銃を出してある。防弾チョッキを着用し、その上からチェストホルスターを装着。それに自動拳銃を収める。最悪の事態に備えて備えすぎることはない。
ジョージの店の前を通り過ぎ、マギーは急ブレーキをかけてクライブの家の前に急停車した。イヴは助手席の扉を乱暴に開け、閉めることなく車外に飛び出す。
SUVは敷地の中に停められている。シーカヤックで出ていなければ近辺にいるはずだ。
まず母屋に向かうが、カギがかかっていた。屋内にいる可能性はあるが、カギは持ち合わせていない。壊すか、と考えたところで納屋の方から悲鳴が聞こえてきた。クライブの声だ。
「や、やめろ! やめてくれ!」
「オレもムショでそう言って助けを請うたが無駄だった。お前もこれから同じ目にあうんだ」
別の男の声がした。
イヴは自動拳銃を手にし、納屋に向かう。
納屋の扉は半開きになっており、中をのぞき込むと信じられないものが見えた。
クライブは縛られていたが、普通に縛られていたのではなく、角材で両手足を広げさせられて四つん這いにさせられていた。それに加えて2人とも下半身を露出している。
どうするのが最善なのかイヴにはさっぱり分からない。
しかしクライブが抵抗している以上、イヴは納屋の扉を開けて突入することを決意した。一刻の猶予もない。
イヴは納屋の中に突入し、作業台の陰に半分隠れて拳銃の銃口を下半身をむき出しにしている男に向け、叫んだ。
「動くな! 動くと撃つぞ!」
しかし男は素早い動きで胸のホルスターから拳銃を取り出し、その銃口をクライブに突きつけた。
「撃たれる前にこいつを撃つぞ」
男の言葉に澱みはない。ボスから貰ったメールに添付されていた画像にあった男だ。この男が、スナークと呼ばれて指名手配されていた脱獄囚に違いなかった。
すぐさま四つん這いにさせられているクライブが叫んだ。
「イヴ! 構わず撃て!」
しかし撃てと言われて撃てるシチュエーションではない。
「……そうそう。静かにしておいた方がいい。愛する男を永遠に失いたくなかったら拳銃を捨てるんだな」
どうするのが正解なのかわからない。しかし法廷では不利になったからといって相手に従っていていいことはない。ここでも同じだ。イブは自分が撃たれないように作業台の陰に隠れる。
「何する気なの?!」
「ムショでオレがやられたことを、こいつにも体験して貰おうとしていただけさ」
どうやら自分はクライブの貞操の危機に駆けつけられたらしい。イヴは何故か少しだけ安心する。クライブの中で新しい扉が開く前で良かった、のかもしれない。
「後ろを犯そうっていうのね!?」
「今まで女としかしたことがないんだが……まあいいか。いずれお前も狙うつもりだったんだ。少し早くなったがお前も同じようにしてやる。ただ、きちんと普通の方の穴を使うが」
「私はクライブだけのものよ!」
かっと頭に血が上るが、自分が怒りに飲まれてしまっては最善手は打てない。ここはセルフコントロールするしかない。深く息を吸い込む。
相手は拳銃を持っている。外で待っているマギーはどうしているだろう。銃声を聞いて助けを呼びに行ってくれたかどうか。それを知るにはスマホで連絡を取る必要があるが、相手がその隙を与えてくれるとも思えない。
「気の強い女は好きだぜ。最初は抵抗しても切り刻めば大人しくなって泣き始める。そのギャップが最高なんだ! オレ自身がこれ以上はないくらいそそり立つ! 血と愛液と女の涙と混ざり合って姦るのがオレは大好きなんだよ!!!」
最低だ。
「イブ! 僕はどうなってもいい。撃つんだ!」
クライブが叫んだ。
「テメエは黙ってろ!」
そしてガッシャン! と何かが落ちる音がした。クライブが蹴られて棚から工具箱が落ちたらしい。ということはスナークがたとえ少しの間であっても、こちらから目を離したと考えるのが自然だ。
イヴは作業台の陰から飛び出して自動拳銃を構え、スナークに銃眼を合わせる。
しかしイヴはトリガーを即座に引くことはできなかった。引かなければならないことは理性ではわかる。その意思もある。しかし今までイヴが狙っていたのは射撃場の標的だ。人の形をしている標的もあったが、所詮はモノだ。しかし今、銃口の先にあるのは生身の人間なのだ。その大きな差が生むためらいが、スナークが持つ拳銃の銃口がイブに向くコンマ数秒のチャンスを与えてしまった。
2つの銃声がした。
トリガーを引くと同時にイヴは激しい、焼けるような痛みを腹部に感じた。痛すぎてよく分からない。ものすごい力でぶん殴られたかのようだ。イヴは防弾チョッキが役に立ってくれたことが分かり、少し冷静さを取り戻す。しかし防弾チョッキを着ていてもこんなに痛いとは!
一方、イヴが放った銃弾はスナークの肩に命中していた。しかし拳銃を持つのとは逆の手だ。スナークにはイヴとは違って他人を傷つけることに躊躇がないことはその犯罪歴から明らかだ。それ故にイヴが再びトリガーを引くよりも早く、2発目を放つことができた。
その銃弾は今度はイヴの頭部を掠めた。イヴの側頭部にすさまじいとしか言いようのない衝撃が伝わり、彼女の脳を揺らす。イヴはその場に倒れ込み、コンクリート製の床に横たわった。ぐらんぐらんと視界が揺れた。撃たれるってこういうことなんだと思いつつ、イヴは状況を確認する。まだ自分の手に拳銃はある。しかし眼に血が入ってきて視界が悪くなる。負傷した側頭部の血が流れてきたらしい。どうする私? そもそも私、まだ動ける? 動けるかじゃない。動くんだ。戦うんだ!
スナークが慎重に近づいてくる。
私にとどめを刺すつもりなのか。
イヴは拳銃の銃口を近づいてきたスナークに向ける。しかしその拳銃はスナークが手にしていた警棒でなぎ払われ、遠くへ転がっていく。そしてスナークは警棒の先端を下腹部に押し当て、イヴは高圧の電撃を受けてしまった。
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