両片思いの解消、ですが-3
テントの中でクライブは悶々としていた。シャワー付きポリ容器は遠征中、イヴに不快な思いをさせたくなくて持って来た装備だが、考えてみれば裸体を日にさらしてのシャワーになる。いや、ヌーディストビーチなんてものもあるくらいなのだし、そうエロティックに考える必要はないと思うのだが、禁欲生活が長いため、頭からイヴの裸身を追い出すことはできない。
スリムで、おっぱいはそこそこ。お尻はいい形をしている。きっと運動をしていたのだろう。20代のような張りはないだろうが、代わりに穏やかな曲線があるはずで、シャワーから流れる水滴が滴り、栗色の髪が濡れ、両の手のひらで身体の至る所を洗う場面を想像する。
お椀型の乳房が歪み、上に上がったヒップが波打つ。
う……ダメだ、これ。頭から追い出せ。呪文だ。お経とかいったか、いや、円周率がいい。しかし、
「キャーっつ~~!!」
クライブが煩悩を追い出そうと苦労していると外からイヴの悲鳴が聞こえてきた。クライブは何事かとライフルを手にテントから飛び出し、ポリ容器を設置した岩場へと駆け出す。
岩場の前には文字通り一糸まとわぬ白い裸身を晒すイヴと、彼女が脱衣した衣服の辺りを漁る
クライブはライフルを空に向けて放ち、銃声に驚いたワタリガラスは何も盗らずに飛び立ち、去って行った。
「クライブ!」
イヴがクライブに抱きつき、クライブは彼女の濡れた髪を撫でる。
「もう大丈夫だよ。確かにワタリガラスは大きいから驚くよね」
そして腕の中にイヴがいることを改めて確認し、凍り付く。凍り付くが一部はこれでもかといわんばかりにはち切れそうになっている。
全てが柔らかい彼女の身体に触れている部分が熱を帯びてきたのが分かる。
僕は彼女の身体を求めているんだ!
そう気付くと彼女の名前が口から漏れ出す。
「イヴ……」
「あ、あわわわ……! ごめんなさい!」
イヴはその場にしゃがみ込み、胸とお尻を隠した。
「こちらこそ……」
クライブは背を向ける。
「シャワーは浴びられた?」
「え、ええ……」
「それはよかった」
「……まだ、心の準備ができていないんです……テントに戻ってくださいます?」
「は、はい!」
クライブはイヴに言われるままにテントに戻る。もう正気ではいられない。彼女の裸身をバッチリ堪能してしまった。美しかった。スリムなのでマギーのようにセクシーとはいえないけれど、すらりとして美しい四肢と引き締まったウエストに豊満なバストは、僕自身が触れることができる女神だと思った。
ここでマギーと比べてしまう自分を反省するが、直近にふれあった異性が彼女だから仕方がないと自分を許す。
もう1人の自分が落ち着いた頃、外で足音がしてテントの前で止まった。
「……クライブ。まだお湯は残ってるから浴びたらどう?」
イヴの声がした。
クライブが前室のジッパーを開けるとバスタオル1枚を巻いただけのイブが目に飛び込んできた。驚きすぎて言葉が出てこない。
「……あ、浴びるよ。残るとは思ってなかったけど」
クライブはサンダルを履き、タオル1枚を持ってテントの外に出る。
そしてシャワーを設置した岩場に向かおうとするとイヴが背中から抱きついてきて、足を止めた。
「助けてくれてありがとう」
「当たり前だよ。熊がいない島だからと思って安心した僕が悪かった」
バスタオル越しにイヴの身体を再び感じ、自分自身が瞬時に硬直する。胸の柔らかさが分かる。若さの象徴である弾力はないが、これでもかというくらい柔らかい感覚が伝わってくる。クライブ自身は警官が持っているような警棒より固くなっていると断言できる。
「お願いがあるの……」
背中にくっついているからすぐ近くから彼女の声が聞こえ、更に緊張する。
「1人にしないよ」
「違うの……こっちを見てくれる?」
イヴは離れ、クライブは振り返る。
イヴの頬は紅潮し、金色の瞳は熱を帯びたように潤んでいた。
「……きれいだよ。ずっと思っていたけど、本当に君はきれいだ」
「そんなことを言ってくれるのはあなただけよ」
「でも、本当だ」
イヴは1度俯いた後、思い切ったように面を上げて再び言った。
「お願いがあるの」
そしてバスタオルをとり、陽光の下に白い裸身を晒した。はっきり見ることができなかった桜色の乳首と髪の毛と同じ色の股間の毛を見て、クライブは自分の股間が痛くなるほど更に膨れ上がるのを感じる。イヴは続けて言った。
「私の人生で、男の人に裸を見せることになるなんて思いもしなかった」
「イヴ……」
心臓が止まりそうになった。
「大丈夫。避妊具は用意したし、重く思わなくていいの。あなたと1つになりたい。ただそれだけ」
イヴは真っ赤になって俯いた。
クライブはずっと、たぶん、彼女に自分が好意を抱いたと気付いたときから用意していた台詞を口にした。
「どれほど僕が我慢しているのか、君にはわからないだろう」
イヴは驚いたように顔を上げた。その顔には不安の色も同時に浮かんでいた。
「我慢なんてどうしてするの? 私が30歳なのに経験がないから? きっと重いだろうから? マージョリーのようにセックスをレクリエーションになんて思っていないから?」
クライブは首を横に振る。
「そのどれでもない」
「初めてなの……抱かれたいって思った男性に出会ったのは……だから、それだけの理由だけど、あなたに抱いて貰いたいの。重くなんて絶対にならないし、あなたにとってはレクリエーションでもいい。貴女に抱かれる、ただそれだけで私がこの遠く離れた北の国まで来た意味があると思うから……」
イヴは真剣な眼差しでクライブを見上げ続ける。その言葉は彼女にとって間違いなく真実なのだろう。
「その意味はあるかもしれない。でも君と僕とでは住む世界が違いすぎるんだ。抱くのは簡単だよ。ううん。今すぐにでも抱きたい。避妊具なんか付けずに全てを君に注ぎたい。この感情は君が抱いている感情よりもずっと奥深いところにある。僕は単に君を抱きたいんじゃない。君に僕の子どもを産んで欲しいんだ。だからすごく強烈な感情だし、抱くのが怖い。君を抱くことができたところで、君がメガロポリスに戻ってしまったら、僕はそのときどれほどのものを失うかわからない……だから……抱けない」
「……嬉しい」
イヴは涙目でクライブを見上げる。
「でも君は弁護士として成功したいのも夢としてあるだろう。それもよく分かる。とても、とても……」
「……理解した。私はあなたに思い出だけ求めているけど、あなたは私に未来を求めているのね……」
クライブは頷く。
「私にその覚悟は確かにない……でもあなたが私のことをそんな風に思ってくれていたなんて信じられない……けど、信じたい」
「本当に本当だよ」
「私、あなたを傷つけなかった?」
「ぜんぜん……気持ちそのものはとっても嬉しいよ」
「なら、よかった……」
イヴはバスタオルを拾い上げて再び身体に巻いた。
「考えます。考えても答えは出ないかもしれないけど」
「あらかじめ言っておくけど、僕の理性はそんなに強固ではないよ。君との未来のことなんて考えずに君を求めることだってほんの数分後にだってありうる」
「0・1秒後だって、2週間後だって、1年後だって私は構いません!」
「2週間後って君、帰ってるじゃない。それに1年後って……」
「休暇を延長するかもしれないし、メガロポリスに戻ったって次の夏には必ず来ます。だってクライブのこと、大好きですもの」
「僕だって君のこと、かけがえなく思ってるさ!」
クライブはイヴを抱きしめたいと思ったが、抱きしめると本当にそのままずるずるいってしまいそうでここは留める。しかし彼女の顎に手をやり、キスをする。キスで止められるかわからないがキスをする。甘いキスを。舌と舌を絡ませ、唇を上顎をなめる熱いキスをかわす。数十秒後、2人は唇を離す。
「クライブ……ここまでキスしたらもう……」
「でもまだガマンする。君の気持ちが決まるまで」
クライブはイヴと距離を取る。
イヴはくすりと笑う。
「意外と頑固なんですね」
「知ってる」
お互いの思いを伝えられたからだろう。クライブは少し気持ちが軽くなったのが分かった。イヴは着替えにテントに行き、自分も残ったお湯でシャワーを浴びてさっぱりした。このままテントに潜り込んでイヴを抱くタイミングだが、それはやめておく。
そして先のやりとりを思い返し、自分がとんでもないことを言ったことに気付く。
「つまり僕は……彼女にプロポーズしたわけだ」
クライブは自分の真意を自分の発言で知り、呆然とする。こんなに心を惑わされることなど今までなかったとはいえ、己に呆れる。
このプロポーズの行方がどうなるのか、今のクライブには分からなかった。
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