第8話 両片思いの解消、ですが

両片思いの解消、ですが-1

 クライブの方から一緒のテントで寝ようなんて言ってくれるなんて夢にも思っていなかった。

 イヴはめちゃくちゃドキドキするが、そういう意味ではないことは分かっている。彼は本当に自分を心配しているのだ。先日の若夫婦のことを考えると他の人がいるキャンプサイトで情事に至るのはよろしくない。それでも自分を近くに置いてくれることが嬉しい。それに単にそばにいてくれるだけでも好感度が上がるのは周知の事実である。この機会を活かす。そう心に決める。

 イヴがうとうとしている間にテントはもう張られていた。張られているのが2張なのは自分が断る選択肢があることを示すためだろう。しかしそれは無用な選択肢だ。分かっているんだと思うのだけど……とイヴは不安になる。

 しばらく焚き火を続け、炎が消えてくすぶるようになり、クライブは眠る準備を始める。金属製の焚き火台の上での焚き火なので延焼する危険性はないといっていい。エアマットをイヴ用のテントからもってきて寝袋を広げる。

「さあ、寝ようか」

「まだうっすら明るいから寝ようって感じではないんですけどね……」

「慣れだよ、慣れ。冬は逆に昼間が短いから。それも慣れ」

 人間は環境に慣れることはわかるし、20キロも漕いできて、疲れてはいるのだが、うとうとしていたこともあり、まだ眠くない。

 しかし少しでもクライブにくっついていたくて、イヴは自分の寝袋を持って小さな2人用テントに入る。2人用テントに大男のクライブと一緒に入るとサイドウォールが膨らんでしまうくらいパンパンだ。でもそれがいい。

 このキャンプサイトには他のカヤッカーが4張のテントを張っている。近くでも20メートル以上離れているが、大自然の中だ。情事に至れば丸聞こえである。今夜の誘惑はガマン。次のキャンプサイトまでガマン。今日は誘惑もしないぞ。

 寝袋に入り、クライブが入り口のジッパーを閉める。真夏でも夜中は1ケタ台の気温になる。防寒が必要だ。

 クライブも寝袋に収まり、ちょうと顔の位置が同じくらいになる。

「おやすみなさいのキスを」

「ええ……」

 クライブは驚いたように薄目を開け、そのタイミングでイヴが彼の唇に軽く自分の唇を重ねる。唇から他人の体温の安心感を覚え、また、ささやかな快感が走るが、ヒゲが不快だった。勝手な言い分だが、剃って欲しい。ヒゲを剃ったクライブはどんな顔をしているんだろう。頼んだら剃ってくれるだろうか。などと考える。気が向いたら剃るかもといっていたが、どうすれば気が向くのだろう。

「……おやすみ」

 クライブはそう返しただけで言葉を続けなかった。

 隣にクライブがいてくれ、彼の寝息を聞きながらだったからだろう、安心して翌朝までぐっすり眠れて、イブは黎明の中、トイレに行く。トイレといってももちろん水洗ではない。いろいろな細菌などを使って生分解を促進し、環境に負荷を与えないタイプのトイレだ。使ったトイレットペーパーは持ち帰る。トイレットペーパーの使用量を減らすためにポータブルで手動のウォシュレットを使う。クライブが日本で買ってきたものらしい。使用済みのトイレットペーパーを持ち歩くのは不快なものだ。今は焚き火台の焚き火で燃やしてしまうが、それができないこともある。手動ウォシュレットの水は冷たいが、トイレットペーパーの使用量は確かにかなり減らせる。それにしても次からはトイレがないのか……と思うと少々気が重い。

 クライブもテントから出てきて朝の挨拶をする。

「よく眠れた?」

「ええ。とっても」

「ああ、そう……」

 クライブはそうでもない様子だった。

「お湯を作ってあるから、清拭するといい。気持ちいいよ」

「ありがとうございます」

 ウィルダネスのキャンプではシャワーを浴びることは難しい。なのでせいぜい身体を拭くくらいしかできないが、それでもさっぱりするものだ。テントの中でお湯をしぼったタオルで身体を拭くと気持ちがいい。あと、体臭もやっぱり気になるのでゴシゴシする。クライブに臭いと思われたくない。クライブも清拭していることだろう。あと4日、どこかで水浴びでもできればいいのだが、あがって20度である。そんな気温ではない。


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