第5話 アウトドアで料理をする

アウトドアで料理をする-1

 認めよう。いや、もう認めざるを得ない。

 クライブはジョージの店でイヴとランチをとったあと、心の中で言葉にした。

 まだイヴがここにきて5日しか経っていないが、普通のホストとゲストの関係と違って一緒にいる時間が長い分、お互いを知ることが多い。恋に落ちるのに時間はそう必要がないことを久しぶりにクライブは感じていた。どのくらいぶりだろう。分からないくらい昔だ。

 しかしジョージの店でマギーと出くわしたのは最悪だった。お互い別居中(自分の方は設定だが)で寂しいからという理由で何度か夜を過ごした。いわゆるセフレというやつだろう。マギーにしてみればスポーツ感覚みたいなものらしい。

 それでも受け取り方は人それぞれだ。イヴのような――おそらく男性と深い関係になったことがないままいい大人の年齢になってしまった女性には、刺激が強すぎるし、その感覚は理解できないだろう。

 マギーとも、またたまにやろうねと互いに言いつつ、最近はご無沙汰だった。きっと別のセフレができたのだと思っていた。マギーは軽飛行機のパイロットだ。どの空港にも男はいる。なんか船乗りみたいだなと改めて思う。

 イヴは不機嫌そうだ。それはそうだろう。自分を不埒な男だと思っているかもしれない。そして彼女は恋愛経験がないと今、はっきりと聞いてしまった。彼女にとってセックスは大きな意味を持つだろう。

 うん。無理だ。

 そんな彼女に自分とマギーの関係を理解してくれということも無理だし、そもそもイヴを抱くには――もちろん合意で――高いハードルがあることを知った。

 そしてそこまで考えたところでやっと気が付いた。

 僕は彼女を抱きたいんだ!

 自分より頭半分以上背が低いイヴを見る。

 イヴは不安げに自分を見ていた。

「謝られる立場に私はないですから」

「……だとしてもだ」

 こんな窮した事態にもともと不利な法廷であってもなったことがない。どうやって返せばいいのかわからない。それが恋だというものだと冷静な自分が言う。しかしそれ以上はもう何も分からない。

 家に着き、イヴはコテージで、クライブは母屋で過ごすことになる。

「じゃあ、夕食の時間まで」

「ええ。ゆっくり過ごします」

 イヴは何事もなかったかのように微笑み、コテージに向かった。

 クライブは母屋のテラスで目に手を当てた。大失態だ。

 イヴは何をして午後を過ごすのだろう。本当はちょっとシーカヤックを漕がないかと誘うつもりだった。しかしそれはいろいろな意味でできそうにない。

 クライブは納屋に行き、バイダルカの製作にとりかかる。しかし気が乗らない。

 スマホでスケジュールアプリを見て、ガイドの仕事を確認する。次の週末にはまたお客さんが来る。5人と結構な大人数で、しかもガイドするのはちょっと離れた場所になる。久しぶりなので下見に行きたかったし、その準備もしたかった。なので準備を前倒しにしようと思い至った。そうでなければ落ち着かない。

 大きく深呼吸して何から始めたものかと悩んでいたら、声を掛けられた。

「……午後のご予定は?」

 イヴは納屋の入り口から顔を出していた。

「週末の準備をしようと思っていて。ここからちょっと離れるからやることはいろいろある」

「そうですか……」

 様子を見に来たのは、自分が失敗したと思っていると、彼女が見て取ったからだろう。

 そして彼女はひょっこりと姿を見せ、クライブは心の中で完全敗北を宣言した。

 上は緩いタンクトップで、自分との身長差もあって彼女の胸の谷間がよく見える。しかも彼女はちょっと前屈み気味にしていて、クライブの視線はどうしても胸の谷間に吸い寄せられてしまう。それだけではない。下は短いストレッチジーンズでお尻の形がくっきり分かってしまう。そんな服を彼女が持って来ていただなんて、クライブは夢にも思わなかった。彼女的にはゆったりできる部屋着なのだろうか。わからない。

 それにしても意外にあるイヴの胸の谷間を目の当たりにして、クライブは絶対的に意識せざるを得ない。もちろんマギーと比べたらささやかかもしれないが、一般的には十分な大きさだ。ブラジャーの紐も見えている。地味なブラジャーだが、見せブラなのか心配になる。

 いかん、いかん。これでは失礼だ。彼女は休暇をリラックスして過ごしたいだけなんだ。

 クライブは視線を胸から移動し、軽率なことに今度は脚に目を向けてしまう。脚がきれいなことは既に知っている。

 うずくまって頭を抱えてしまいたい。

 もうどうしようもないくらい魅力的だ!

「……準備を手伝ってくれる?」

 クライブの口から思いも寄らない台詞が飛び出した。どうして自分はそんなにも飛んで火に入る夏の虫になりたがるのだろう。クライブは自分がさっぱり分からない。イヴはさわやかな笑顔で答えた。

「ええ。いいですよ」

 ランチでの失態を見て、少しフォローを入れてあげてもいいくらいに考えているのだろう。慣れたガイドの仕事で、できる男なところを見てもいいわよ、だ。

 それでもいい。そう考えてくれるならそれに甘えよう。

 クライブはそう決心して、説明を始める。

「ここから50キロくらい行ったところにあるポーテージ氷河のツアーをご希望のお客さんで、ポーテージ湖でカヤッキングをしたあと、湖岸でのキャンプをご希望なんだ。いろいろ打ち合わせは済んでいるのだけど、このところ行っていないから現場での確認をしに行こうと思っていてね……できれば君にも来て欲しいと思っているんだ」

 これは前からそう考えていた。それは主にツアーの安全上の理由でだったが、今は少し違う。

「知っています! 有名な観光地ですよね。是非行きたいです」

「普通は船で観光するものだし、トレッキングもするけどね」

「シーカヤックで氷河散策なんて素敵じゃないですか。氷河のすぐ近くまでシーカヤックで行けるんでしょう?」

「それが魅力のツアーだよ」

 いつもの調子が戻ってきてホッとする。

 するとイヴが納屋の中に入ってきてクライブの前に立つ。目がまた胸の谷間に吸い寄せられる。柔らかそうだ。揉みしだいたらどんな風に揺れてくれるのだろう。その先端の乳首と乳輪はどんな色なんだろう。想像が膨らむ。胸の谷間を見せていいからこの格好をしているのだとは分かる。しかしガン見は失礼だ。こらえろ、自分。いろいろ。まずいな。下半身の自分、耐えてくれ。

 しかしご無沙汰なのでこらえきれそうにない。どうしよう。

「それで今日はどうするんです?」

「ダッチオーブンを使う。しばらく使ってなかったから勘を取り戻したい」

「ダッチオーブン! 興味あったんです! アウトドア料理の本に書いてありました」

「それはちょうど良かった」

 クライブは彼女に背を向ける。無理。デニムパンツの中のもう1人の自分ははち切れそうだ。こんなに固くなるなんて久しぶりだ。彼女の中に入ってぶちまけたい。心の底から、本能からそう感じているらしい。

「ダッチオーブンを探してくる」

 彼女から背を向けるもっともらしい理由があってよかった。

 そうクライブは少しだけ安堵したのだった。

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