いつの間にか私たち、結婚していたみたいです-2

 あまりいい目覚めではなかった。きっとメガロポリスのことを考えながら眠ってしまったからだとイヴは思う。いつもの朝食の時間に母屋に赴くと、クライブがコーヒーをいれて待っていてくれた。

「おはよう。大丈夫?」

 見て分かるくらいらしい。

「大丈夫。今までが眠れすぎていただけだと思います」

 そして今日、射撃場に行くのだと思い出し、それがあってあの頃に感じていたストレスを思い出していたからかもしれないと気付く。

 クライブは心配そうな顔をしてコーヒーのカップをテーブルに置いた。苦いけどくせになる。もう朝のコーヒーなしで過ごせる自信がない。

 軽く朝食を食べて出かける準備をする。今朝は比較的冷えていた。イヴはデニムの上下、クライブはデニムパンツにTシャツ、革のジャケットというスタイルで、2人でこうしていると自分がこの土地の人間のように思えてくる。

 クライブはライフルの用意をしていた。ライフルケースに入っているから分からないが、聞くとレミントンM700だという。ごくポピュラーな狩猟ライフルだ。

「詳しくないときに銃砲店で勧められるままに買ったからね」

「良心的なお店ですね。そういう私もスプリングフィールドXDなのでぜんぜんこだわりはありませんけどね」

 これもまた軽量で丈夫なポリマー製でコンパクトなところが受けているベストセラー自動拳銃だ。

「僕の拳銃は昔に買ったM36だから」

「あら。刑事ドラマがお好きですか」

 S&W社のM36は今となっては古典的なリボルバー拳銃で、昔の刑事ドラマでは皆それを持っていたものだ。

「まあね。購入可能年齢になったら真っ先に買ったよ」

「まあ。あなたにそんな子どもっぽいエピソードがあるなんて」

「実際子どもだった。君だって子どもだった頃があるだろう?」

「そうですね……これと言ってお話しできるエピソードはありませんが」

「無理に話さなくていいよ」

「何か思いだしたら」

 子どもっぽいエピソードというか、推しに関するエピソードならあるのだが、ここで話すことではないと思った。

 支度を終えたので2人はSUVでこの街の射撃場までいく。射撃場といっても森を切り開いた原っぱに丸太で作られた台があり、屋根と仕切りがあるだけのオープンエアのシンプルすぎるものだ。安全性の確保は利用者に任せられる。なんのサービスもない。主に安全性の面で、できれば自分たちだけがいるときに使いたい。

 幸い早朝なのでまだ誰もおらず、クライブは丸太の台の上に的にする空き缶を置いていく。丸太は距離20メートルほど。間違いなくこちらは拳銃用の台。100メートル以上離れている丸太もある。そちらはライフル用だ。

 イヴとクライブはじゃんけんしてイヴが勝ち、先行をクライブに譲った。

「緊張するなあ」

「腕前を是非披露してください」

 2人は防護ゴーグルと耳当てをする。耳当てがないと発砲音で耳がおかしくなるからだ。

 クライブは胸のホルスターからM36を抜き、両手で狙いを定めて遠くの空き缶を狙う。M36の装弾数は5。自動拳銃スプリングフィールドと比べると半分以下だ。1発ずつ狙いを定めてトリガーを引き、5個中3個が落ちた。

「これはなかなか」

 耳当てをしているのでクライブには聞こえなかったと思う。

 2人は耳当てを外し、クライブは空き缶の補充をした。

「じゃあ君の番だ」

「ちょっと間が空いてますからね」

 とはいってもクライブほどではないだろう。再び耳当てをして今度はイヴが拳銃を構え、5発発射する。5個中5個が丸太から落ち、イヴは跳び上がって喜んだ。

「やった! やった! やった!」

 イヴは思わずクライブに抱きつきそうになるが、それは堪えて片手でバンバンと胸を叩く。

「これは見事……」

 クライブは耳当てを外してイヴを褒め称える。

「なんでも練習すると上達するものです」

「それにしてもやる……シューティングの才能があるんじゃない?」

「腕は錆びさせないようにはしたいです」

 クライブに褒められたのは初めてかもしれない。イヴは上機嫌だ。

 射撃場の外の駐車場に車が停まった。こんな朝早くにも他の利用者が来たらしい。射撃エリアに人影が来て、クライブは大声を出す。

「これから的を交換するから撃たないで!」

 確かに声を掛けておかないと危ない。

「おお、クライブじゃないか。こんなところで会うなんて珍しい」

 姿を見せたのは白髪の初老の白人男性だった。小さな街だ。顔見知りらしい。クライブは困ったなーという顔をイヴに見せた。その理由がイヴには想像できない。

「ジョージおはよう。ゲストが射撃練習したいと言ってね」

「ゲスト? ああ、ゲストハウスを始めるって言ってたものな。完成していたし初めての客ってことかい?」

 しかしそう言いながらもジョージと呼ばれた男性は訝しげにイヴを見た。法廷で判事がよくこんな顔をしていたのを思い出す。疑われている。

「そうだよ」

「水くさいな。オレの店に顔を見せてくれてもいいじゃないか」

「ついでにカネも落としてくれって?」

「それは当たり前だな。オレはジョージ。この街唯一のレストランっつーかカフェっつーかパブっつーか、そういう店をやってる。今夜にでも顔を出してくれよな、美人さん」

「イヴェットです。メガロポリスから来ました。仕事が忙しくってやっと休暇を取れたんです」

 イヴはにっこりと営業スマイルでジョージに答える。

「そうなんだね。どう? クライブのホストぶりは」

「ガイドやってるくらいなんだから客あしらいくらいできるさ」

「クライブには聞いてない。イヴ的にはどう?」

「どうって言われても……すごく優しくて、私を過ごしやすくしてくださっていますよ」

 そうイヴが答えるとジョージはクライブの前まできて、肩をバンバンと力強く叩いた。

「うんわかった。よくわかった。がんばれよ」

「ええ……何を?」

「皆まで言わなくていい。オレもこれ以上の邪魔はせん」

 そういうとジョージはライフルのエリアに行き、遠くの丸太の上に的を設置した。的といっても売られているような本格的な同心円状のものだ。その間にクライブも空き缶を再び拳銃エリアの台の上に乗せる。

 ジョージはライフルを構え、かなりの弾数が着弾した。相当な腕前だ。

 お互い配慮しながら数十発を撃ち、射撃練習を終えた。

「今夜、絶対に来いよな!」

 そうクライブに言い捨ててジョージは車に乗って去って行った。

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