第5話「五感のノート」
「ふつうに、うまい。」
パンケーキをひと口食べて、いつもの言葉が口をついて出た。
外はカリッとしてて、中はふわふわ。
ほんのりバターが香って、甘さもちょうどいい。
それなのに、口から出たのは“ふつうに”だった。
自分でも、どこか冷めた感じがした。
「もったいな~い、その語彙。」
目の前で凛が、笑いながらフォークをくるくる回している。
「何がもったいないってさ、今のパンケーキ、めっちゃ手がこんでるのに、“ふつう”って言われたらショックだと思うよ?」
「だって、ほんとに、うまいんだもん。」
「だから、その“うまい”を、どう“見せるか”が語彙力でしょ?」
彼女は、スマホを取り出す。
お気に入りのスイーツ紹介アカウントを開いて、スクロールしながら言った。
「“外はカリッ、中はふわっ。口の中で溶ける瞬間、焦がしバターの香りが広がって、最後に甘さがすっと引いてく。”
──こういうのが、バズるんだよね。」
「……マジか。」
正直、ちょっと感動した。
食べたときの体験が、順番に、具体的に、再生されるみたいだった。
「いい? 食べ物って、五感で感じて、ことばにするの。
見た目、香り、音、食感、味、余韻。順番で並べると、ちゃんと伝わるよ。」
AICOの声が、ポケットのスマホからひそやかに鳴った。
「その通りです。今の説明は“五感表現テンプレート”と呼ばれています。
晶さんも、五感で“うまい”を描写してみましょう。」
「……無理じゃね?」
そう言いながらも、ノートを開いた。
パンケーキを、もう一口食べる。
目を閉じて、感じたままを思い出す。
【視覚】
まるく焼き上がった生地のきつね色。
表面の粉砂糖が、雪みたいにかかってる。
【嗅覚】
ナイフを入れると、ほのかにバターの甘い香り。
【触覚】
外は少しだけパリッとして、中はとろけるほど柔らかい。
【味覚】
一瞬で広がるやさしい甘さ。でも、くどくない。
【余韻】
喉を通ったあと、口の奥にやわらかなミルクの香りが残る。
書き出してみると、けっこう出てきたことに自分でも驚いた。
「そのメモをつなげれば、リライトが完成します。
試してみましょう。」
深呼吸して、スマホに打ちこんだ。
「粉砂糖が雪みたいにふわっとかかってて、
ナイフを入れると、焦がしバターの香りが広がった。
外はパリッ、中はふんわり。口の中でとける甘さが、やさしくて、
最後にミルクの余韻がそっと残った。」
送信して、AICOの反応を待つ。
「すばらしいですね。
“ふつうにうまい”では届かなかった細部が、相手の五感に伝わります。」
凛がのぞきこむ。
「おっ、やるじゃん。」
晶は、ちょっと照れくさそうに肩をすくめた。
パンケーキは、今日も“うまかった”。
でも、言葉にしてみると、もっと“味わった”気がする。
ことばは、口だけじゃなくて、全身で感じるものなのかもしれない。
🔜次回:🌱語彙の芽〈第5話編〉
「ふつうにうまい」を脱出せよ!
AICO式“食レポテンプレート”と、五感を順番に使って描写する技法を紹介。
あなたの食べた“あれ”、ことばでおいしく言い換えてみませんか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます