第23話 助けた少女

朝の光が柔らかく森を照らす頃、紬たちはザカリアやガロウと別れを告げた。


「ザカリアさんも一緒に行かないんですか?」

紬は静かに尋ねた。


ザカリアは遠くを見つめ、穏やかに答えた。

「ワシはワシの役目を続けなければならん。」


「また、いつか会えますか?」


「もちろんだ。約束しよう。」


紬とラセル、リーゼは小さく頷き、森の出口へと歩き出した。


三人の姿が見えなくなったあと、ガロウがザカリアの肩を叩きながら言った。


「どう思う?あの娘は会長になると思うか?」


ザカリアはゆっくりと答えた。

「どうじゃろうか。」


朝の柔らかな光の中、二人の言葉が静かに森に溶けていった。


数日後、村に戻るとリーゼの家族が笑顔で迎えてくれた。


「リーゼ!お帰りなさい」

母親が目を潤ませながら抱きしめる。


「ただいま、みんな……」

リーゼは小さく笑い、胸の奥がじんわりと温かくなった。


その夜、三人は焚き火を囲んで語り合った。


「リーゼ、家族には火付けを見せたの?」

紬が尋ねる。


リーゼは少し恥ずかしそうに答えた。

「まだ。もう少し練習してからね。」


ラセルはにこにこと笑いながら言った。

「慌てることはないさ。みんな少しずつ覚えていけばいいんだ。」


紬も優しく頷いた。

「うん、自分たちのペースで。」


焚き火のはぜる音が夜の静けさに溶けていった。



翌朝、紬はのんびりと洗濯をしながらも、旅の疲れを癒していた。



昼下がり。村の片隅にある、日陰と陽だまりが交互に差し込む広場。石ころがいくつか転がるその場所で、小さな子どもたちが丸くなっていた。


「……それで、くまさんは言いました。『ぼくもいっしょに いきたいな』――」


その輪の中心にいるのは、あの少女だった。咳き込んでいたのが嘘のように、今では元気に声を張っている。


少女の手には、紬が前に読んであげた絵本。布の表紙は少し汚れていたけれど、きれいに抱えられている。


文字を追う目。つっかえながらも、なんとか読み進めようとする声。子どもたちは、じっとその声に耳を傾けていた。


――読んでる。


それに気づいた瞬間、紬の胸がふわりと温かくなった。


この世界には、文字という概念がほとんどない。絵は絵。話は話。何かを読んでいる、という発想すら、村の大人たちにはなかった。


それでもこの少女は、本を覚えていた。旅の前に紬が何度も読んであげた絵本。めくって、眺めて――いつの間にか、自分の声で読めるようになっていた。


「……すごいね」


思わず小さくこぼれた声に、ラセルが振り返る。


「ん? なにが?」


「ううん、なんでもないよ」


紬は笑った。うれしくて、ちょっと泣きそうで、この気持ちをうまく説明できなかった。

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