第24話 村での日々
数日後、リーゼが家族の前で火を灯し、紬は家族から感謝された。さらにその日から、数日が過ぎた。
紬は村の中で、静かな日々を過ごしていた。
この間も本で調べられる知識を活かして人助けをしながら日々を過ごしていた。
最近は子どもたちと過ごす時間が好きだった。
この日も洗い終えた布を川辺で干しながら、風の音と鳥の声に耳をすませる。
その日の昼下がり。
干し終えた布の重なりを見届けたあと、紬はラセルと一緒に、村の広場へと向かった。
広場の隅では、小さな子どもたちが砂をこねてなにやら遊んでいる。
見よう見まねでおままごとのようなことをしている子、棒を振り回して「まほう~!」と叫ぶ子。どの顔も、陽ざしのなかで元気に輝いていた。
「ねえ、あれ焼けてる?」
紬の前で、囲炉裏の火に手をかざしながら、少女が振り返った。
その手元には、木の棒の先に刺した小さな団子――紬が一緒にこねて丸めた、小麦粉と潰した果実をまぜたおやつだ。
「もうちょっとだね。表面がぷくってふくらんできたら、きっとおいしいよ」
そう教えると、少女はうれしそうに頷いた。
火を囲んで、湯気の立つ団子を一口ずつ大事に頬ばる子どもたち。
そのそばで、紬は絵本を開いた。
表紙の色はすっかり薄れていたけれど、ページの中には、何度読んでも胸の奥をあたためてくれる世界が残っている。
「……そして、くまさんは言いました。『ぼくも いっしょに いきたいな』――」
読み聞かせる紬の声に、子どもたちは息をひそめて耳をすませる。
先日のあの少女も、そっと隣に座ってページをのぞき込んでいた。
「……えっと、く、ま、さんは……」
声に出しながら、少女はページに目を落とす。
つっかえながらも、少女はたしかに“読もう”としていた。
すると、少女がふと顔を上げて、こちらに気づく。
「ねえ、紬おねえちゃん。この丸いの、なんて読むの?」
小さな指で指されたのは、「お」だった。
絵本の文の中に何度も出てくる文字――でも、少女にとってはまだ不思議な記号だ。
「これはね、『お』って読むの。『おおきい』とかの『お』」
「お……」
少女はうれしそうに頷いて、もう一度絵本を見つめる。
「そっか。じゃあ、この『くまさん』も、『お』って言ってるの?」
「うん、そう。『おともだち』って書いてあるところ、わかる?」
「……お、と、も、だ、ち……」
少女は小さな声でなぞるように読み上げ、ふっと笑った。
それだけで、紬の胸の奥にじんわりと何かが広がる。
「すごいよ、ちゃんと読めてる」
「えへへ。なんかね、わかってきた気がするの」
その言葉に、紬はそっと微笑んだ。
この世界には、“読む”という文化はない。でも、少女の中には確かに芽が生まれている。
それは、誰に教わったわけでもない。
ただ、何度も絵本を見て、何度も聞いて、知りたいと思った――その気持ちが育てたもの。
「この子が、本を読めるようになったら……」
その想像だけで、紬はまた一つ、この世界にいたい理由が増えた気がした。
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