第22話 考えてみてはくれぬか?
「――お前に、次の会長になってもらいたい」
ぱち、と薪がはぜた音が、夜の静寂に響いた。
紬はその言葉を胸に受け止め、ただ黙って焚き火を見つめていた。
揺れる炎の中に、今まで出会った人の顔が浮かんでは消えていく。
村の人々、怪我をしたあの人、リーゼ、ラセル……そして、本。
しばらくの沈黙のあと、紬はかすかに首を振った。
「……無理です。私には、そんな大役……」
焚き火がぱちりと音を立てた。
ラセルもリーゼも、言葉を差し挟まない。
ただ、ザカリアの視線だけが、変わらず紬を静かに見つめていた。
「いますぐ、答えを出せとは言わん」
ザカリアの声は、思ったより穏やかだった。
「ただ、わしは――見てきた。
誰かのために、迷いながらも手を伸ばし、逃げずに立ち続けるお前をな」
紬は目を伏せた。
何も返せなかった。ただ、焚き火の光に照らされた指先が、そっと震えていた。
(私は……何も知らない。魔法も、世界のことも。けれど――)
胸の奥に、本のページをめくる音が確かに響いた気がした。
昔から好きだった、誰にも邪魔されずに静かに読む時間。
そのなかで、私はいつも“誰かの痛み”を読んでいた。
ザカリアはそれ以上何も言わず、ただ、夜の炎を見つめていた。
火の音だけが、静かに響いていた。
紬はその音に耳を澄ませながら、ゆっくりと膝を抱えた。
答えは出せない。けれど、考えることはできる。
この旅で見てきたもの、出会ってきた人たち――
本のページには書いてなかった、痛みと温もりの記憶。
「……それでも」
ふいに、小さく呟いたのはリーゼだった。
「私は、あのとき助けられました。紬さんに、です」
うつむいたままの声。でも、その奥には確かなものがあった。
「だから、会長とか、そんなことは分からないけど……」
顔を上げる。「私は、今のままでもついていきたいって、思ってます」
その言葉に、紬の胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
なにか特別なことをした覚えはない。ただ、「見過ごせなかった」だけだ。
それだけなのに、誰かの心に残っている。
「……まったくだ」
ラセルがぼそっと言って、火に木の枝をくべた。
「自分の力をたいしたことねぇって思ってるやつほど、厄介なんだよな」
「ラセル……」
火がまたぱちんとはぜた。
ザカリアは何も言わず、ただ目を細めて炎を見ている。
それは、今のやりとりすべてを静かに受け止める、父のようなまなざしだった。
やがて、風がわずかに動き出す。
夜明けが近い。
紬は小さく、深呼吸をした。
(私は……見ることしかできない。けど、それでもいいなら)
言葉にはならない想いが、胸の奥でゆっくりと温まっていく。
誰かに言われたからじゃない。自分で「選ぶ」ことが、こんなにも重く、そして優しいなんて――知らなかった。
「……少しだけ、考えてみます」
それが、今の紬にできる精一杯の答えだった。
ザカリアは、それを聞いてようやく口元をわずかにゆるめた。
「それで十分じゃ」
炎の向こうに、白み始めた空があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます