第18話 火の元は遠く
草をかきわけて川沿いを歩き続けたその先に、きらりと光るものがあった。
「……あれは?」
紬がしゃがみこみ、足元の石を拾い上げる。掌の上で光るのは、昨日のものよりもひとまわり大きく、黒く鈍く光る石だった。
「図鑑の絵と、ほぼ同じ……たぶん、火打石だと思う。これなら……」
ラセルが後ろからのぞきこんで、口元を綻ばせた。
「使えそうか?」
「うん、きっと。でも……ここまで来たら、流れてきた場所を見てみたくなった」
その一言に、誰も反対はしなかった。
四人は川に沿ってさらに上流へと向かう。川幅はだんだんと狭くなり、草木の影も濃くなっていく。鳥の鳴き声が時折響き、石の多い地面を踏みしめるたび、かすかに水音がついてきた。
やがて、川が岩肌から染み出すように流れ出している場所に辿り着いた。そこは小さな崖になっていて、茶色い苔の張りついた岩のあいだから、冷たい水が絶え間なく滴っている。地面には、欠けたような石の破片がいくつも転がっていた。
紬はそのひとつを拾い上げて、光にかざす。
「……たしかに、ここで削れて流れてきたんだね」
「雷が落ちたっていう言い伝えがある崖……ここかもな」
ラセルが何気なくつぶやく。リーゼは静かにそれを聞きながら、川の音に耳を澄ませていた。
誰も言葉を発さなかった。沈黙は不思議と心地よく、風の音と水の音が、旅の終わりを告げるようにも聞こえた。
焚き火の準備をしていた夕暮れ時。ラセルがふいに笑いながら言った。
「さて、紬。そろそろ“石で火をつける魔法”、見せてくれよ」
その言葉にリーゼがぱっと顔を上げて目を輝かせる。老人も、何も言わずにその場に腰を下ろし、目を細めて見守っていた。
紬はそっと本を開いた。ページをめくり、火打石の使い方を確認する。
『火打石と火打金を打ち合わせることで、火花が飛び……』
読み進めていくうちに、紬の手が止まった。沈黙の中で、少し困ったように顔を上げる。
「……あの、すみません。火打石だけじゃ……火はつかないみたいです」
「え?」
「もう一つ、火打金――鋼の金属が必要って書いてあるの。鋼……持ってないよね?」
しばし、場に静寂が落ちた。
「鋼か……」
ラセルが腕を組み、考えこむ。
「魔法剣士が使う“鋼の剣”ってのがあるけどな。けど、剣は命そのものだし……そう簡単に譲ってくれる奴はいないだろうな」
リーゼが肩を落としかけたそのとき、ぽつりと声がした。
「ならば、鍛冶屋に行ってみるといい」
老人だった。
「職人なら、鋼のことも知っておろう」
その提案に、三人の表情が静かに明るくなった。リーゼがほっとしたように笑う。
「……旅、まだ続けられるんですね」
ラセルは肩をすくめて笑い返す。
「“魔法”が完成するまでな」
紬は本を胸に抱え、焚き火の音を聞きながらそっと目を伏せた。
――終わりじゃない。
まだ、この旅は続いていく。
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