第16話 さらなる旅路へ

お昼ころ。霧はもう晴れかけていて、木々の葉の上に小さな水滴が光っていた。


「泊めていただき、ありがとうございました」


紬は集会小屋の前に立ち、深く頭を下げた。

隣にはリーゼ、ラセル、老人も並んでいる。それぞれが、感謝の言葉を口にした。


「あの人、もうずいぶん落ち着いてね。食事も少し取れるようになったよ」


手ぬぐいを腰に下げた年配の女性が、にっこりと微笑む。


「あなたたちがいなければ、どうなっていたか……」


「そんな、大したことは……」と紬が言いかけたが、女性はやさしく首を振った。


「あんた、ちょっと不思議な子だけど……なんだか、ありがたかったよ」


その言葉に、紬は胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。


* * *


「さて、次はどこへ行くんだ?」


村の門を出てしばらく歩いたところで、ラセルが立ち止まり、周囲の自然の声に耳をすませた。


「……このあたりに、昔“雷の落ちた崖”があるらしい。そこに転がってる黒っぽい石が、火花を出すって言い伝えがあるみたいなんだ」


そう言って顔を上げると、少しだけはにかんだように笑った。


「動物たちも、どこまで信じてるかは微妙だけどな」


「火打石で、火がつくといいな……」


紬がぽつりとつぶやいたとき、近くにいた村の男がその話を耳にしたらしく、笑いながら口を挟んできた。


「石で火がつく? あんたたち、そんなもん信じてるのか? 仮にあったとしても、火なんか魔法で子どもでもつけられるから、何の価値もないけどな」


村人は、紬とリーゼが魔法を使えないことを知らない。

悪気のない口ぶりだったが、その言葉には、どこか嘲笑が混じっていた。

紬とリーゼは、ふと胸の奥がモヤッとするのを感じた。


そのとき、老人が口を開いた。


「価値があるかどうかは、他人が決めるものでもない。必要と思う人が決めればよい」


低く落ち着いたその声に、男は一瞬たじろいだが、鼻を鳴らして背を向けていった。


笑い声が遠ざかるなか、紬は何も言わず、本を静かに開いた。

風が一枚、ページをめくる。その先に現れたのは、火打石の写真が掲れたページであった。


「……それでも、私は見てみたい」


彼女は小さくそう呟くと、本をそっと閉じ、胸の前に抱きしめた。


その手に、リーゼがそっと触れる。あたたかく、やさしい指先だった。


「さて、出発だ。行く先は自然が教えてくれる」


ラセルの言葉に、四人はまた歩き出した。

森の奥へ。古い伝承の残る場所へ。

火をつけるために――火打石を探すために。

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