第15話 正しさとは

医師会の男が去った後、紬とリーゼは昨日の怪我人のもとへと向かった。彼はまだ横になっていたが、顔色は少し良くなっているように見える。けれど、身体の痛々しさは隠せず、動くのもまだつらそうだった。


「おはようございます」と紬が声をかけると、怪我人はゆっくりと顔を上げ、目を見開いた。少し驚いた様子だったが、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。


「おはよう。ありがとう。君たちのおかげで、だいぶ楽になったよ」


その声には、はっきりと感謝の気持ちが込められていた。リーゼはそっと近くに立ち、心配そうに怪我人を見守る。紬も一歩前に出て腰を下ろしかけたとき、彼がふと尋ねてきた。


「君たち、どこから来たんだ?」


少し驚きながらも、紬は静かに答える。「私たちは旅の途中で、この村に立ち寄ったんです。あなたが倒れているのを見て、手当てを……」


「ふむ」と怪我人はうなずいた。「それで、君が処置をしてくれたのか」


紬はわずかに顔を赤らめながら頷いた。


「助けてくれてありがとう。おかげで、本当に助かったよ」


その言葉に、紬はほっとしたように息をつく。しかしその胸の奥には、まだ拭いきれない違和感が残っていた――さっきの、医師会の男の言葉が、頭から離れないのだ。


「でも、もう大丈夫なんですか?」紬が訊ねると、怪我人はしばらく黙ってから、穏やかに答えた。


「完全に治ったわけじゃないが、君たちのおかげで、回復が早くなった気がする。お礼を言わせてくれ」


その返答に、リーゼも表情を和らげる。怪我人は再び横になりながら、静かな安堵の表情を浮かべていた。


紬とリーゼは怪我人に軽く頭を下げてその場を後にし、ラセルが待つ集会小屋へと向かう。小屋に着くと、ラセルは外で何かの観察をしていたらしく、二人に気づくとすぐに駆け寄ってきた。


「おかえり。怪我人の様子はどうだった?」


リーゼが答える。「大丈夫そうでした。でも、紬さんが……魔法医師会の方に言われた言葉に動揺していないか心配です。」


「うん……」紬は言いよどみながらも、意を決して口を開いた。「さっきね、医師会の人に言われたの。私たちがしたこと、あんまり良くないって」


ラセルの眉がわずかに動く。「詳しく聞かせてくれ」


「その人、こう言ってたの。『医師会に入っていない者が、勝手に、しかも無料で治療をするのは困る』って……。それに、『目の前の人がどうなるかより、医師会を支えることの方が大事だ』って」


言いながら、紬はその言葉の冷たさを思い出し、胸の奥がまた締めつけられるような気がした。


ラセルは黙って空を見上げるようにして考え込んだ。そして、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。


「……確かに、医師会の発展は魔法医療の発展にもつながる。組織がしっかりすれば、助かる人も増えるのかもしれない」


紬はその一言に、わずかに息を呑んだ。――そうかもしれない。でも。


ラセルは言葉を続けた。


「でも、じゃあお金がない人はどうするんだ? どうしても治療を受けられない人たちがいる」


その瞳は真っ直ぐに紬を見つめていた。


「俺は、この世の仕組みよりも、目の前の人を救おうとする紬の姿勢が好きだ。君がしたことは、誰かを助けたってこと。それで十分だよ」


その言葉に、紬はうつむいたまま目を閉じ、少しのあいだ考えていた。そして、そっと肩の力を抜いた。


「ありがとう、ラセル……ちょっと、楽になった」


ラセルは微笑み、軽く紬の肩に手を置く。


「君の選んだ道が、きっと正しいさ。これからも、必要なときにできることをしていこう」


その横で、リーゼも明るい声で言った。


「私たち、まだまだできることがあるよね」


紬は強くうなずいた。心に残っていた重たさが、少しずつほどけていくのを感じながら。


「うん。私、頑張る」


それは、静かだけれど確かな決意の言葉だった。

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