第12話 心を癒す魔法
近くの岩陰に、野宿にちょうどよさそうな木立があった。風を遮るように茂った灌木と、少し高くなった小さな丘の脇。地面は平らで、火を焚くには申し分ない。
ラセルが先に足を止め、周囲をざっと見渡す。
「ここなら安全だ。今夜はここで休もう」
荷を下ろし、焚き火の準備を始めたラセルの横で、リーゼがぽつりと呟いた。
「……気絶してても魔法を使えるなんて、すごいですよね。私なんか、魔法を使えない欠落者なので……あんなふうに力になれる人を見ると、つい、憧れてしまって……」
その声には、かすかな寂しさが滲んでいた。
紬ははっとして、リーゼの横顔を見た。小さな火を見つめるその表情は、どこか遠くを見ているようだった。
「リーゼさん……欠落者なんかじゃないよ」
思わず口をついて出た言葉だった。
けれど、紬の胸の中には、自分でも整理しきれない感情が渦巻いていた。
(魔法を使えないのは、実は私も同じ……本に書いてあったことを、ただやってみただけ。偶然が重なっただけで、私自身の力なんか、何も……)
心のどこかで、自分こそが本当の「欠落者」なのではないか――そんな思いが、喉の奥に引っかかっていた。
そのときだった。
老人がそっと手をかざした。すっと風が吹いたような感覚のあと、光が二人の頭上でふわりと舞い、柔らかな金色の粒となって降り注いだ。
一瞬ののち、紬もリーゼも、ふっと肩の力が抜けるような安堵を感じた。
「……おじいさん? これは……?」
紬が戸惑いながら尋ねると、老人はゆっくりと手を下ろして、にこりと笑った。
「何か浮かない顔をしておったからの。気持ちを上げる魔法を、ちと使ってみたのじゃが……余計だったかのう?」
リーゼが思わず吹き出したように笑い、紬もその隣で顔をほころばせた。
「ううん。ありがとう。なんか、少し元気が出ました」
「私も……あったかい気持ちになりました」
二人の笑顔が、夕暮れの焚き火に照らされて柔らかく浮かび上がる。
だがその光景を、ラセルは無言で見つめていた。
――気持ちを上げる魔法。
それは表向きには、回復魔法の一種とされている。だが、対象の感情に干渉するというその性質は、下手をすれば“心を操る”ことにもつながりかねない。
本来、そんな魔法は高度すぎて一般には存在すら知られていない。少なくとも、目の前の老人がそう軽々と使ってみせるなど、普通では考えられない。
(……心まで癒すなんて、優しさに見えるが……もしそれが逆なら? 身体を癒す魔法を逆に使えば、壊すこともできる。感情だって……)
焚き火の向こう、穏やかに笑う老人の横顔を、ラセルはじっと見据えていた。
(こいつは、いったい何者なんだ? 本当に、ただのお礼で旅の同行を願い出たのか……?)
そんなラセルの視線に気づいた様子もなく、老人はゆっくりと腰を下ろし、夜空を見上げた。月はまだ昇っていない。火の音だけが、ぱちぱちと静かに響いていた。
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