第11話 倒れていた老人

紬、ラセル、リーゼの三人が森を抜け、再び平地に出たところで、草むらに倒れている老人を見つける。灰色の旅装束をまとい、白髪を後ろで結ったその男は、年の割に体格がしっかりしていたが、額に汗を浮かべてぐったりしていた。


紬はすぐに駆け寄り、声をかける。


「だ、大丈夫ですか? ……ラセル、呼吸はあるみたい!」


「気を失ってるだけ……だと思うけど」


老人の手は荒れており、ところどころ古い火傷の跡が見える。旅の者にしては、どこか只者ではない雰囲気が漂っていた。


リーゼが周囲を見渡しながら囁く。


「……魔獣とかに襲われたのかもしれません」


紬は迷わず本を開き、応急処置の項をめくる。だが、そこには「救急車を呼べ」と書かれており、紬は驚いて顔をしかめる。


「救急車……? そんなもの、どこにもないじゃない……」


不安そうに周囲を見渡し、焦りながらも冷静さを取り戻すように努める。しかし、心の中はどんどんと乱れていった。


「こんな時、どうしたらいいの? ……うう、でも、焦ってる場合じゃない!」


不安に押しつぶされそうになりながらも、できる限りの応急処置を施す。木陰に老人を運び、体を横たえ、湿らせた布で額を冷やす。


「これで……あとは、様子を見るしか……」


その時、微かに老人が呻く。しかし、目を覚ます気配はない。そのはずだった。


ラセルが驚いたように呟く。


「……今、何か、魔力の波が……」


紬も気づいた。さっきまで微動だにしなかった老人の体から、かすかに「癒し」の気配が出ていた。


「自分に、回復魔法を?」


「いや……意識がないのに、そんなことできるわけが……」


その後、老人はゆっくりと目を開ける。年輪を重ねた木のように深く、知性と疲労の色を湛えた目が、三人を見据えた。


「……ふむ、やれやれ。どうやら助けられてしまったようだな」


三人は目を見開き、紬が思わず言う。


「大丈夫ですか? ……何があったんです?」


老人は静かに起き上がり、周囲を見渡した。


「少し、気が緩んでいた。まさかこの歳で、疲れに負けるとは……情けない話だ」


ラセルが控えめに言う。


「でも、あなた……気絶していたのに自分に魔法を?」


「うむ。ほんの少しだけな。癖のようなものでな」


老人はそれ以上を語らず、ただ紬の方を見た。彼女の手にある本、その扱い、眼差しに、何かを感じ取ったようだ。


そして、老人は言った。


「ありがとう、お嬢ちゃん。助けてくれたことに感謝する」


紬は一瞬、驚きの表情を浮かべた後、少し顔を赤くして答える。


「いえ、私なんか……本当に、救急車がなくて焦っていただけです。どうしたらいいのかわからなくて……」


「救急車?」老人は首をかしげるが、すぐに笑う。


「まあ、よい。それより、お礼がしたい。回復魔法しか使えぬじいさんじゃが、少しは旅の役に立つかもしれぬ。少しの間、同行させてくれぬか?」


老人は、感謝の想いとともに旅の同行を申し出た。


ラセルはその言葉を黙って聞きながら、目の前の老人に対する疑念を深めていく。意識がないのに魔法を使うなんて、ただ者ではない。旅の同行は本当にお礼なのか?ラセルは老人をじっと見つめていた。

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