第10話 石探しと動き出した魔法医師会

朝露に濡れる草原の向こうで、森が静かにざわめいていた。

その入り口に、三人の影が並ぶ。

ラセルが先に立ち、紬と、村の少女――リーゼが少し距離を空けて後に続く。


「じゃあ、行こうか」


ラセルがそう言い、背負い袋の紐をぎゅっと締め直す。

紬は本を包んだ布を大切に抱え、リーゼは借り物の手提げ袋を両手で握りしめていた。火が起こせるようになりたいという強い意志が、その小さな背中ににじんでいる。


「火打石はどこにあるか、わかるの?」


紬の問いかけに、ラセルは小さく笑った。


「たぶん、森が教えてくれる」


彼は目を閉じ、耳を澄ませる。

風が木々を揺らし、葉の擦れる音が重なり合う。小鳥のさえずり、枝のきしみ。

それは、紬にとってはただの“自然の音”に過ぎなかった。


けれどラセルは、静かにその音の中に言葉を聞き取っているようだった。


「……東の丘を越えた先、古い流れのあった場所。そこに、光る石が転がってるって」


「ほんとに、そんなことがわかるの?」


「動物だけじゃなくて、風や水も、ちゃんと教えてくれるよ」


ラセルはさらりと答える。

紬は返す言葉に迷いながらも、歩き出したラセルの後ろを黙ってついていった。


森の中は湿っていて、ところどころぬかるんでいた。けれど、ラセルは迷わず進む。

倒木を避け、小川を飛び越え、道なき道を抜けて、やがて広葉樹のすき間から光の差す丘にたどり着いた。


「ここ……?」


「違う。まだ先。丘を越えて――もっと静かな場所だって」


丘を越えるたびに、風景が変わっていく。

紬はその合間に時折立ち止まり、本を開いては、見かけた植物の特徴を声に出して読んでいた。


「この赤い実は、煮ると酸っぱくなるって書いてある。たぶん食べられないけど、鳥は好むらしい」


「そうか、それなら――この鳥はこれを食べてるんだな。なるほど、なるほど」


ラセルが木の上を見上げ、何かと話すように笑った。


リーゼは、ただそのやりとりを黙って見ていた。

彼女はまだ、森の音に言葉を感じることができない。

けれど、紬の読む「本の言葉」には、素直に耳を傾けていた。


陽が少し傾き始めた頃、川沿いの浅いくぼ地にたどり着いた。

そこには小石が無数に転がっていたが――ラセルは首を傾げた。


「……ここじゃないみたい。似てるけど、“まだ違う”って」


紬がしゃがみこみ、石をいくつか拾って見比べる。


「これ……色が黒っぽいけど、たぶん火打石じゃない。もっと固くて、金属に近い手ごたえがあるはず」


「じゃあ、次の場所へ行こう」


あっさりと立ち上がるラセル。

その背中を追いながら、紬はふとリーゼに目を向けた。


「疲れてない?」


「……いえ。大丈夫です。……こうして探すのも、初めてなので」


答えた声はまだ硬かったが、その目は森をしっかりと見つめていた。

紬はその目に、自分自身の姿を少しだけ重ねた。


「ねえ、ラセル」


「ん?」


「火打石って、誰でも見つけられると思う?」


「見つけようとするなら、誰でも。森に話を聞かないと分からないこともあるけど、探そうとする気持ちは、大事だと思う」


「……そっか」


会話はそこまでだったが、それで十分だった。


やがて日が傾き始め、三人は小川のそばに簡易的な焚き火をつくり、休息をとった。

火は、ラセルが木の棒で得意気になって起こした。


リーゼはそれを見つめながら、小さな声でつぶやく。


「……私も、できるようになりますか?」


「うん。できると思うよ」


紬はそう言って笑った。

火打石はまだ見つかっていない。けれど、この旅のなかで、何かが少しずつ変わり始めていた。




その頃村では


村の外れに馬のひづめの音が響き、魔法医師会の使者たちがやってきた。彼らは、村で噂されている「魔力を消耗しない治療法」を使う人物を探しに来たのだった。


先頭の男が冷徹な表情で言った。


「もし、魔力を消耗しない治療法が本当にあるなら、放っておけない。あんな方法を使われたら、うちの儲けがなくなってしまう。人々が無料で治療を受けてしまったら、医師会が成り立たなくなる。」


後ろで若い書記官が顔を輝かせて言った。


「無料で治すなんて物好きもいたもんさ。」


男は冷ややかな笑みを浮かべて言った。


「だからこそ、すぐにでもその人物を仲間に入れる必要がある。無料で治療され続けたら商売にならないからな。」


医師会は村の中を探し回る。しばらくしてから、男は言った。


「でも、そんな魔法のやつどこにいるんだ?もしいたらもっと目立つんじゃないか?」


使者たちは静かにうなずき、話を続けた。


「確かに。魔力を使わない魔法なんで噂話じゃないのかい?」


使者たちはその後、村中を探索していたがしばらくして村を後にしたが、村の人々はすでに彼らが来ることを知って準備していた。村人たちは魔法医師会の悪い噂を知っており、紬のことを隠していた。


村の長老が静かな声で言った。


「この者たちは、村には良い影響を与えない。紬のことは、絶対に知られてはならない。」


村人たちは黙って、紬のことを誰にも話さないように協力していた。


使者たちが村を去った後、村には少しの安堵の空気が流れた。しかし、村人たちは心の中で、紬がどこかで無事に過ごしていることを願い続けていた。

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