⑮天使たちと部活体験 下
あの後倉橋さんが作ったパンケーキをみんなで食べた後、私たちは他の文化部を見て回った。
文学部、吹奏楽部、軽音楽部、書道部、漫研部。どれも楽しそうだったけど、三人の反応はいまいちだった。
倉橋さんは漫画とか文学とか書道とか、ああ言った静かめの部活が苦手みたいだ。それにそもそも本というものをあまり読まないらしい。吹奏楽と軽音楽は楽しそうに楽器を試奏していたけど、ほぼ毎日あることが嫌で渋っていた。
神崎さんは本も漫画もそこそこ読むと言っていて、実際に部員の人とその話題で盛り上がっていた。それに昔していたのか字も綺麗だったし楽器も上手かった。しかしどの部も体験を終わった後にイマイチって感じの反応をしていたから、上手いと楽しいは神崎さんの中でイコールではないみたいだ。
御子柴さんも神崎さんと同じように色々体験を上手にこなしていたけど、終わった後にため息をよくついていたからあまり良い思いはしなかったんだろう。原因はわからないけど。
ちなみに私は楽器類はダメダメで字も汚いが、漫画と本は超読むので漫研と文学部は結構楽しかった。それになんか、あんまり良い表現ではないけど部員から漂う陰の雰囲気がとても身にあっていた。三人次第だけど、もしみんなバラバラの部に入るなら私はどっちかに行こうかな。
そんなことを考えながら、体育館に向かっていた。みんな運動系は全く興味がないけど、せっかくだしという倉橋さんの意見を聞いてみんなで体験することになった。
体育館の中は広く、その面を四分割にして部活体験を行なっていた。右にはバレーと卓球。左にはバトミントンとバスケをしていた。
「何するー? どれも楽しそうだけど」
「卓球からする? 見るからにすいているし」
「おっけー! 二人もそれで良い?」
「いいですよ」「わっ、わかりました」
暇そうに立っている先輩に声をかけて、四人分のラケットを貰う。そして一対一をすることになった。
じゃんけんの結果、私vs御子柴さん。神崎さんvs倉橋さんになった。でも。
「なっ、なんかごめんね」
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……だっ、だいじょぶ、です……」
一生御子柴さんの打球に翻弄され続けて、一点も取れないままゲームが終わってしまった。先に十点先取ってルールだから結構時間が掛かると思っていたが、多分五分ちょっとでゲームが終わってしまった。
「ふふっ」
「手加減してよぉー!!」
「可愛いく言ってもしませんよ」
隣から聞こえてくる喚きに目をやると、そこには私と同じで10対0で負けている倉橋さんがいた。そしてこれまた私と同じで、勝者は涼しげな顔をしていた。
「じゃあ今度は私と亜理沙、優と雛でバトミントンやろう!」
ラケットを先輩に返して雑な勧誘を受けた後、倉橋さんの一声でバトミントンをすることになった。
さっき神崎さんにボコボコにやられていた倉橋さんになら勝てるかもっ! という失礼な考えを持って挑んだ結果。
「…………ごめん」
「…………」
十五点先取で一点も取り返せないままストレート負けしてしまった。そしてまたしても、気まずい空気になって相手に謝られた。
いや、普通に運動できるじゃん……しかも、すごいきわきわのサーブばっか打ってくるズルうまいタイプのプレイヤーだったし……
二人にストレート負けしてメンタルがボロボロになった私は、すぐにラケットを返して御子柴さんたちのいるコートの横に座る。
まぁ、一軍様に勝てると思った私が馬鹿でした。私なんかが勝てるわけないですよね……
でもちょっとくらい点は取れると思っていたから、この結果は悲しい。昔はもっと運動できたのにな……
昔は良かったのに……と黄昏ていた時、隣に手ぶらの倉橋さんがやってくる。
「もーそんな拗ねないで?」
「すっ、拗ねてないです」
そんな子供っぽいことはしない。これは拗ねているんじゃなくて、弱い自分を憂いているんだ。だから、決してボロ負けして拗ねているわけじゃない。それに運動できないことくらい、分かっていたし……
「そう見えたなら、ごめんなさい」
「謝らなくてもだいじょーぶ。それになんか、気遣わない方が友だちっぽいじゃん? そりゃあ、最低限はいると思うけど。これくらいなら全然いいよ。むしろ、もっと気を許して欲しいというか」
「え」
「だって、私。亜理紗ともっと仲良くなりたいんだもん」
恥ずかしそうに言う倉橋さんだが、そんなストレートで嬉しい言葉を聞いた私の方が顔が赤くなっていると思う。それにさっきまでもやもやしていた物が急に吹き飛んで、頭の中が倉橋さんの言った言葉に占拠される。まさか、本当に私と仲良くしたかったなんて。
確かに最初から仲良くなりたい的なことは言っていたけど、どうせすぐ何かしらの理由で友達じゃなくなると思っていた。でも、こんな風に恥ずかしそうに言うってことはきっとこの言葉に嘘はないんだろう。もし嘘ならこんな自然な表情はできないはずだ。
うっ、嬉しい……あんな醜態ばっか見せてきた私にまだそんな優しい言葉をかけてくれるなんて……ダメだ、もし私が男だったら惚れていた。確実に惚れていたと思う。女でよかった……
「な、なんか言ってよぉ」
「私も、もっと倉橋さんと仲良くなりたいです」
「……じゃあ、萌香って呼んでよ」
「えっ」
そっ、それは…………ちょっと私にはハードルが高いといいますか……なんといいますか……
そんな言い淀んでいる私に腹が立ったのか、いきなり倉橋さんに肩を押されてしまう。普段だったら倒れない程度の強さだったけど、体育座りで両手で膝を抱えていた私にはその力が普段よりも強くて。
「うひゃあ!」
よろけてから数秒耐えたが、結局そのまま背中から地面に倒れてしまう。背中は少し打ったが、頭は倉橋さんが手で受け止めてくれたので大した痛みはなかった。しかし。
「ねぇ」
倒れた拍子に倉橋さんがお腹に乗ってきた。そして、両手で私の腕を押さえてくる。
「なっ、何するんですかっ!?」
「いきなり手出してごめん。でも、亜理紗。こうやってこっちが強引にしないと絶対踏み込んでこないじゃん」
「ひぃいっ!?」
そういって顔をグイっと、私の方に近づけてきた。幸い、前髪カーテンがあるので直で倉橋さんの美しい顔を食らわなくて済んだ。しかしこの状況、非常にまずい。髪の毛越しとはいえ、すごく近い。それこそ、キスが出来てしまうくらいに。
「ふっふっふ」
不敵な笑みで胸ポケットを漁り始めた。 この動作、ついさっき神崎さんがしていたのと同じだ。もっ、もしかしてっ!?
「じゃーん!!」
「やっ、辞めてください!! そっ、それだけは嫌です!」
というかなんでもってるのっ!?
「えぇーなんで? さっき雛には許してたじゃん。私はダメなの?」
「そっ、そういうわけじゃ……というか、あれは勝手にされたんです!」
「そんなの知らないもーん。ていりゃあ!」
片手で何とか抵抗するも掴んでいた手の動きを止めることはできなかった。そして、段々と瞳を貫く光の量が増えていく。
「あぁ……やっぱり、いい顔してる」
「ひぃぃぃ……」
露になってしまった顔を片手で隠すも、抵抗虚しくすぐにどかされてしまう。そして、また倉橋さんの顔が近づいてくる。
でも、そんな至近距離で顔を見れる訳がなくて。慌てて目を瞑る。ストーカーは大丈夫だけど、倉橋さんたちの顔は美しすぎて直視できない。それに、ストーカーは顔は良くても心がド真っ黒だからいい顔だなぁ程度にしか思わないけど、心が汚れていない二人と心が汚れていない? 神崎さんの顔はより美しく見える。
そしてこの状況に耐えられなくて体中から火が出そうなくらい熱い。絶対運動しているとき以上に熱くなっている。汗がダバダバ体中から出てきて、きっと今も顔に汗が伝って酷い顔をしていると思う。はずかしぃ……
「あぁー恥ずかしいからって、目瞑らないでよ」
「むっ、むむむむっ、むっむむむむ」
「ははっ、唸ってるだけだよそれ」
少し馬鹿にしたような声で言ってくるが、その声が妙にしっくりくる。こっ、これが、オタクに優しくて揶揄ってくるギャルか……そっ、創作にしかいないと思っていた。リアルでいるんだ。
「ねぇ、亜理紗。萌香って言って?」
「むっ、むりでしゅぅ……」
「でも、言わないとどかないから。ほら、言って?」
「ぅぅぅ」
恥ずかしくて涙が出そうになるけど、ちょっとだけこんな状況に喜んでいる自分もいた。
だ、だって、こんな風に友達に積極的に距離を物理的にも精神的にも詰められることなんてなかったから。これが、クラスカースト一軍たちの距離感なんだろう。絶対私には無理だ……
「ふぅぅ……」
「ひゃあっ!? なっなななにするんですかっ!?!?
「ははっ、やっぱり」
いきなり耳に息を吹きかけられて、まるでASMRの作品を聞いているような感覚になる。でも、作品じゃ絶対に感じない温度がそこにあって、それを自覚して更に体が熱くなる。
よっ、よく耐えたな私……もしこんな状況を目に入れたら蒸発して死んでしまうとこだった。
「この前社長から聞いたんだよねぇー、亜理紗が耳弱いってこと」
「あいつ余計なこと言うなよぉ……くそぉ……」
「…………へぇえ、社長にはそんな言葉使うんだぁ……へぇええ」
「なっなにをぉっいぃっ!?!?!?」
固く閉じたはずの目は、右頬にやってきた柔らかい感触のせいでこじ開けられてしまう。そして。
「ひゃわらひゃあ」
この感触の正体を至近距離で見える金色のピアスと、ピアス色の横髪が教えてくれる。
そして、温かく柔らかい物が消えた後。満足そうな倉橋さんの顔を直視してしまった。
「あ、やっと目、開けてくれた」
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それ以降の記憶がなくて。目が覚めた時には何故か目が腫れるくらい泣いている倉橋さんと、鬼の形相の御子柴さん。笑っているが禍々しいオーラを放っている神崎さんに囲まれていた。
「ごっ、ごめんなざぃ……」
「馬鹿もこの通り謝っているから、どうか許してくれないかい?」
「この人もこういっています。どうか亜理紗ちゃん、この人を許してあげてください」
私が起きた途端優しい表情に変わった二人だったが、すぐに厳しい目を倉橋さんに向けた。なっ、なんでそんなにあたり強いの?
「あのぉ……私あの後どうなったんですか?」
「倒れちゃった亜理紗を運んでから、この馬鹿を二人で懲らしめたんだけど」
「その最中に亜理紗ちゃんが起きた感じですね。まだ、この人のこと懲らしめようと思ってるんですが、どうです? 一緒にしませんか?」
「ひぃぃい!! ゆっ、許してよぉ二人ともぉ!!」
なんでこんなにも二人が怒っているのかはわからないけど、とりあえず。
「もう大丈夫なんで、倉橋さんのこと許してあげて欲しいです。たっ、多分、悪気はなかったと思うし……」
「あっ、ありさぁああ……」
「それに、この程度で恥ずかしくなる私が悪いところもありますし……」
「いや、あれは流石にちか「確かに。あんな程度で気絶しちゃう亜理紗ちゃんにも問題がありますね」いや、あれは「あれくらい絶えないと、女の子の友だちできないですよ?」
「うぐぅっ……」
何故かさっきまで味方だった神崎さんに二回も刺される。いっ、痛い……
「…………雛」
「ふふふっ、後で聞きますから」
「?」
不満げな顔を見せた御子柴さんだったが、すぐに切り替えて私の方を向いた。
「とりあえず、体調がよくなり次第帰ろうか。もうすぐ下校時間だから」
「あ、ごっ、ごめんなさい。倒れたせいで、他の回れなかったですよね?」
「いやいいよ。そもそも運動系の部活なんて見る予定じゃなかったしね。それに、もう私たちの中では入る部活を決まっているんだ」
「あとは亜理紗ちゃんが入るかどうかですね」
「な、なんの部活に入るんですか?」
「ふふっ、結局家庭科部に入ることにしました」
それなら、私だって出来るかもしれない。料理は得意だし毎日じゃないから通いやすい。
それに、倉橋さんもあんなふうに言ってくれていたし。御子柴さんと神崎さんも、もしかしたらもっと仲良くなれるかもしれない。
「わっ、私も入ります!!」
「ふふっ、これを機にもっと仲良くなりましょうね」
「だね。この変態馬鹿は置いておいて。私たち三人で仲よくしよう」
「そっ、そんなぁ……」
「ひひっ」
そんな三人の掛け合いが面白くて、少しだけ笑いがこぼれてしまう。
「あぁ! 笑ったぁ!」
「へっ!?」
「ほんとだ。初めて笑ってる所見た」
「と言ってもまだ二日の仲ですけどね。亜理紗ちゃんらしい可愛い笑い方です」
まさか笑ったことを話題に思ってなくて、また体中が熱くなってしまう。そっ、そんな、動物園の動物みたいな扱いはやめてぇ……
「わっ、私だって、笑う時くらいあります……」
「あぁごめんごめん。そういうわけじゃなくて、いつも愛想笑いだから。嬉しくて」
「どちらも可愛いですが、自然に笑うほうがコロコロしていて可愛いですね」
「かっ、可愛いもやめてくださいっ!」
「ははっ! また照れてるっ」
「おい馬鹿、お前はいじっちゃだめだから。お前はもっと反省しろ!」
「ひひっ」
そんな風に二人がじゃれ合うのを見ながら、私たちは帰路に就いた。そして何故か友だち同士の距離感になれるために神崎さんと手をつなぎながら帰った。
…………ちなみに、あの後二日間ずっと倉橋さんは馬鹿とかこの人とかひどい扱いを受けていたし、私は私で倉橋さんと神崎さんから下呼びを強要された。そのたびに御子柴さんに頼っていたため、少しだけ御子柴さんとの距離が縮まった気がした。
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久しぶりにかけた……ついに部活動が決定した四人! しかしその前に、亜理紗の身に異変がっ!? 次回もお楽しみにっ!! あ、その前に幕間もあるよっ!!
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