私を悪女に仕立て上げるために間男を用意したようだ。その正体が誰だか知らずに。

サトウミ

第1話

「ジェシカ・コリンズ! 今日をもって、お前とは婚約破棄だ! この場でお前を断罪する!」


 煌びやかな夜会に相応しくない大声が響く。

 声の主はアブラハム・サリヴァン。

 そして婚約破棄を言い渡されているのは──私だ。


 あぁ。愚かな男。

 婚約破棄だの断罪だのは、こんな夜会の場でするようなことではないと家庭教師に教わらなかったのかしら?

 しかも婚約者わたしが目の前にいるにも関わらず、妖艶で男好きそうなご令嬢の腰に手を添えるなんて。

 不貞を疑われるような行動は、お父上であるサリヴァン伯爵の名を傷つけるのだという自覚はないのかしら?


 こんな男が婚約者だと思うと頭が痛い。

──いや、婚約破棄されるのだから、元・婚約者と言うべきか?


 愚かな婚約者は、したり顔で断罪とやらを続けた。


「僕は優しいからな。お前が自分の罪を認めるなら、謝罪を受け入れてやろう」

「私にはアブラハム様に謝罪しなければならないような罪はございません」


「この後に及んで、しらを切るつもりか。相変わらず可愛げのない女だ」


 アブラハムは鋭い目で私を睨みつける。


 この男が私を目の敵にする理由は、実にくだらない。

 子爵令嬢である私が、アカデミー首席な上に魔術や武術の才があり、王太子に一目置かれているからだ。

 女の私が優秀であることが、彼の分不相応なプライドを傷つけているらしい。


 アブラハムは、そんな私に一泡吹かせる気でいるようだ。

 ニヤニヤと薄気味悪い笑顔で、話を続ける。


「お前は『紅蓮の勇者』は知っているか? 当然、知っているよな?」

「はい。魔王軍四天王をたった一人で撃ち倒した、歴代最強の勇者様のことですよね」

「その通りだ。流石は、心を通わせているだけのことはある」


 アブラハムの言葉で、周囲の紳士淑女はざわつき、好奇の目で私を見る。


 想像通りだ。

 この男の狙いは、最初から知っている。


「ジェシカ・コリンズ! お前は僕という婚約者がいるにも関わらず、紅蓮の勇者と不貞行為を働いていたのだ! 紅蓮の勇者がコリンズ邸を出入りしているという目撃情報は多数ある。それにお前のつけているイヤリングと全く同じデザインのものを、紅蓮の勇者もつけているそうじゃないか。弁解の余地はあるか?」


「勇者様が屋敷を出入りしていたことも、同一のイヤリングをつけていることも、不貞行為をしているという証拠にはなりませんわ。その程度のことで不貞の証拠になるのであれば、サリヴァン邸に頻繁に出入りし、アブラハム様の髪と瞳の色と同じドレスを着ているそちらのご令嬢も、アブラハム様と不貞を働いているということになりませんか?」


 アブラハムも少しは頭を使ったようだけれども、こんな中途半端な情報じゃ断罪できるはずもない。

 普通に考えればわかることだが、残念なアブラハムは、私が反論してくるとは思ってもいなかったようだ。

 逆に私に不貞の嫌疑をかけられて、鳩が豆鉄砲を食ったような、間抜けな表情をした。

 アブラハムの隣にいるご令嬢も、唐突に自分に飛び火してきたため、驚いて目を丸くする。


「う、うるさい! 僕がふ、不貞行為なんか、するはずないだろう! それに強がるのも今のうちだ。こっちには、決定的な証人がいるんだからな!」


「証人、ですか?」


「今日はこの場に、お前の不倫相手を連れてきた!」


 その言葉に、夜会の場が一斉に湧き立つ。


「もうそろそろ、出てきていいぞ! 紅蓮の勇者!」


 ...あぁ。

 本当に、愚かな男。

 滑稽すぎて、思わずにやけてしまいそうだ。


 そこまでお望みであれば、出てきてあげましょう。

 私は、イヤリング型の魔道具に魔力を注ぎ、己の姿を変えた。


 燃えるような赤い髪と瞳。

 筋骨隆々で、熊のように逞しい身体。

 山のように大きな、男の中の男。

 それが、姿を変えた今の私だ。


「なっ...! ジェシカ、お前、その姿は?!」


「アブラハム様の要望にお応えして参上致しました。姿私は、紅蓮の勇者・ジャンクスでございます」


 静まり返った会場に、野太い男の声──いや、ジャンクスわたしの声が堂々と響き渡る。

 誰よりも顔を真っ青にしたのはアブラハムだった。

 先ほどまでの勝ち誇った笑みはどこへやら、口をパクパクと動かして、言葉にならない。

 滑稽を通り越して、哀れとさえ思える。


「ぐ、紅蓮の勇者! この僕に、冗談が通じると思っているのか? 一瞬、ジェシカがお前に変身したように見えたが...? 僕を揶揄うのも大概にしろ!」


「冗談ではございません。このイヤリングは王家が代々管理する秘宝の一つで、魔力を注いだ者の性別を変えてしまう能力があるのです」


「そんな馬鹿な! 第一、なぜお前なんかが王家の秘宝を持っている?」


「王太子殿下にお願いされたからでございます。我が国では代々、魔術と剣技が最も優れている男性にのみ『勇者』の称号を与え、魔王軍討伐を命じているはご存知ですか?」


「当然だ。馬鹿にするな!」


「勇者の称号は男性のみ。なので本来、私は勇者になる資格がありません。ですが王太子殿下は私の能力を高く買ってくださいました。私が勇者になるべきである、と」


 まぁ、殿下が私を選んだのはそれだけではないのだけれども。

 魔王軍四天王の中に魅惑のサキュバスがいなければ、普通に男性の中から勇者が選ばれていただろう。

 女の私が選ばれたのは、サキュバスの強力な魅了が通じないから、という理由も大きい。


「私を勇者にするために、殿下はわざわざ王家の秘宝を貸してくださいました。それが、このイヤリング型魔道具です」


 私の説明に、アブラハムは開いた口が塞がらない。

 ただでさえ間抜けな顔が、より一層間抜けになっている。


「う、嘘だ。嘘だ、嘘だ!」


「事実です。その証拠に、王太子殿下は四天王討伐の功績を讃えて、我がコリンズ家を公爵へ陞爵し、例外的に私が女当主になることを許してくださいました」


「え、はい? お前が、公爵家当主?」


 アブラハムはまた、金魚のようにパクパクと口を動かす。

 滑稽だ。

 さて、茶番劇もそろそろ終わりにしましょうか。


「ところで、アブラハム様。私はアブラハム様と違って、そちらのご令嬢と不貞をしている証拠をちゃんと準備しておりますわよ?」


 用意していた録音魔道具を取り出し、再生する。


『さすがアブラハム様! 策士ですね! 泣きながら婚約破棄を言い渡されるジェシカさんを想像しただけで面白いですわ』


『だろう? 生意気なあの女の泣き顔が見れる上に、晴れて君と結婚できるようになるんだから、一石二鳥だ。あんな肩書きだけの婚約者より、早く君と一緒になりたい。僕が愛しているのは君だけだ』


『まぁ、アブラハム様ったら。 続きは夜に聞きますよ』


『ははは! 今夜は寝かさないぞ!』


 会場に衝撃が走った。

 明らかに聞き覚えのあるアブラハムの声。

 そして、彼の隣で固まっていたご令嬢は、さながら幽霊でも見たかのように顔面蒼白になる。

 音声を聞いた夜会の紳士淑女達は、興味と呆れ、時折、侮蔑を含んだ視線をアブラハムに向けている。


 アブラハムは大慌てで録音魔道具に手を伸ばそうとするが、ジャンクスわたしが手のひらを軽く上げると、魔道具はふわりと空中に舞い、彼の手の届かない位置へと移動した。


「この魔道具は、魔術院認定の正式な証拠品です。操作は記録されており、証言の捏造は不可能。しかも、これは王城への提出も可能なレベルの証拠ですの」


「う、うそだ……僕は……こんなはずでは……!」


 アブラハムは震える指で、ようやく言葉を紡ぐ。


「お前なんかが、公爵家の当主? 紅蓮の勇者? 誰が...誰が、そんなバカな話を信じるか! その証拠も、捏造だ! 僕達を陥れる罠だ!」


 どうやらこの男は、捏造は不可能だという説明が頭に入らなかったようだ。


「信じないのは勝手ですが、私はこの証拠をもって正式にアブラハム様への処分を貴族院に申し立てます。不敬、虚偽の訴え、公然侮辱──この三つが揃えば、爵位剥奪も夢ではありませんよね?」


「な、なにを……!? 僕が、爵位を、失うだと!?」


 顔面蒼白になったアブラハムが、会場を見回す。誰一人、助けの手を差し伸べる者はいない。


「それでは皆様、愚かな婚約者との茶番にお付き合いいただき、ありがとうございました。お騒がせしましたわね」


 私はくるりと背を向け、堂々とその場を後にした。

 背中越しに聞こえるアブラハムの絶叫と、嘲笑に満ちた貴族達のささやきが、夜会の終わりを告げる鐘のように響いていた。




◆◆◆



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私を悪女に仕立て上げるために間男を用意したようだ。その正体が誰だか知らずに。 サトウミ @sato_umi

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