おまえのために死神に転生したんだよ

コミカライズ無料版

　マリアはアマランタに転生していた。

　朝、まだ十歳にも満たない娘レメディオスは、咳に疲れてぐったりとしていた。銀髪と白い肌が余計にはかなく見えた。

「ママ……」

「ここにいるわ」

　アマランタは、娘の手をそっと握っていた。豊かな黒髪を少しほどけて、黒い瞳が涙で沈みかけていた。

「くそ。何とかならんのか。ブレンディア家にはこの子が必要なんだ」

　ブレンディア伯爵が呟いた。つい三年前まて、薔薇を慈しんでいたレメディオスか倒れるとは予想もしていなかった。

　医者が、レメディオスが静かにできるように、みんな部屋から出るように促した。

「ママ……」

「ママはここにいるわ」

　十年前、アマランタは後妻としてブレンディア伯爵に嫁いだ。しばらくしてレメディオスを懐妊し、彼女はアマランタの美しさと伯爵の息子であるライアン・ブレンディアの快活さを備えて成長した。

　ただ三年前の誕生日を迎えた頃、娘は意識系の病に伏すようになる。今朝は呼吸発作が起き、いち早くベルに気付いた召使いのレベッカが薬を飲ませて対処した。

「レベッカ、いつもありがとう。少し席を外して二人にさせて」

　わたしのお腹にいた娘だ。

　不意にイシグロを思い出した。一緒に暮らした彼は、どうなったのか。自分を救い出してくれた勇者は生きてるのか。生きているなら、どうか守ってほしい。アマランタは紫の石を繋げた長い紐を出した。

『これはね、魂を砕いてできた石を繋げて創らせた御守よ。天使を継ぐ家に伝えられるもの。天使のご加護があるように』

　この言葉は誰のものだろうか。やわらかな手がくれたことだけは覚えていた。前世で暮らしたイシグロではない。彼は神様など信じてはいない。世の中には神様も天使もいない。だから自分は本の中に夢や奇跡を探すんだと話していた。

　レメディオスが目覚めた。

「わたしは死ねばどこに行くの？」

「死なないわ。きっと守る」

　爆発に巻き込まれたマリアは読んだことのない本に転生した。読んでいる本に転生する話は知っている。読んだことはないけれど。コミカライズでスマホの無料版だけを読んで暇を潰した作品にあるはずだ。

　課金していればよかった。

　アマランタは眠そうなレメディオスにほほ笑んだ。席を離れて、サイドボードに置かれた薬包紙をそっと指で開いた。白い粉の中に茶褐色の粒が見え隠れした。豊かな胸の谷間に入れて、ショールで隠し、小間使いのいる部屋へ繋がる紐を引いた。紐は天井を這い、ベルは召使いに知らせる。

　レベッカが現れた。

　アマランタが調合した心臓の発作や神経系に効く薬を持たせていた。レメディオスはレベッカを信頼していた。レメディオスが階段から落ちかけたとき、レベッカが体を抱き留めてくれた。素早さにレメディオスがレベッカに翼が見えたと笑った。

　やがて寝室を医者たちも来やすい一階に移した。ならばということでレベッカは彼女の隣にある、かつては裏口の護衛のために置かれた部屋をあてがわれた。

「飲ませたのはわたしが預けていたもの？」

「はい。他には話していません。ベルの音を聞いてできるだけ早く駆け付けました」

　レベッカは答えつつ、気になることがあるようで、窓に視線を移した。アマランタに緊張が重くのしかかる。警戒しながら窓に近付いたが、カーテンの裏には誰もいないし、鍵も掛かっていた。

「ママ……」

「起こしちゃったわね」

「あの人は誰？話しかけても話してくれないの。まるで水の向こうにいるみたいね」

　娘の青い瞳が窓を見つめ、やわらかな日差しが彼女を美しく照らしていた。

「わたしを迎えに来た死神かも」

「死神ならママが退治してやるわ」

　退室したアマランタは、レベッカに窓のところに誰かいたのかと尋ねた。彼女は何も見ていないと答えた。発作が起きれば、また同じ薬を飲ませるように頼んだ。

　イシグロは、窓際に腰を掛けていた。イシグロのようなものだ。何秒か何年かわからない。不意に話しかけられた。

「死神さんなの？」

「俺？」

「ようやくお話してくれたわ。ずっと窓のところにいるのにお話してくれないし。ママにいくら話しても信じてくれない。いつも窓で煙草を吸いながらお外見てる人」

　突然、イシグロは実体化した。彼女に話しかけられて、何千本目の煙草に火をつけるのをやめた。レメディオスに尋ねた。

「俺はいつからここに？」

「ずっとかな。わかんないわ。ママに教えなきゃいけないわ」

「なぜ言葉がわかる？」

「ママが教えてくれたからよ。ママはたくさんの言葉が話せるのよ」

「おまえは病気なのか？」

「うん。わたしが病気だとママがここから離れることができない。おじい様の言うことを聞くしかないの」

「話が見えん」