おまえのために死神に転生したんだよ

前妻の娘の帰宅

　午後二時、前妻の娘ソフィアは首都からの汽車で到着した。彼女は村まで迎えに来てくれた四人馬車に乗り込んだ。黒髪と黒い瞳、白い肌が際立って美しく、村の誰もが振り向いた。彼女は自分はブレンディア伯爵の娘よとツンとしていた。

「ロベルト、お屋敷の様子はどうなの？」

　庭師は荷物を積み終えた。図体がゴツくて髭面で垢抜けない。しかしソフィアは故郷にテンションが上がっていた。

「明、クルーナ伯爵家のハルトくんが来るの。レメディオスと三人でピクニックにでも行こうかと思って誘ったのよ」

「そうですか」

　庭師は鞭を入れて走らせた。

「お父様は？」

「レメディオス様をご心配してます」

「アマランタの娘のだね。ブレンディア家にはレメディオスの力が必要なの？」

　庭師は沈黙のまま馬を走らせた。馬と揺れる馬車の音だけが響いた。ソフィアは沈黙に耐えきれず、街での暮らしのことや学校のことを話した。ハルトが学校一の秀才だということは、ソフィアの自慢だ。

「街に百貨店ができたのよ。そこには何でもあるの。それこそ服から馬車まで。休みの間も街でいたいんだけどさ」

　ロベルトは聞いていない。ソフィアはつまらない気持ちで溜息を吐いた。

「ロベルト、今年の薔薇はどうなの？」

「今年の秋の薔薇が見頃でございます」

「あれはわたしの庭だからね。レメディオスなんかにあげないんだから。そうだ。アパートメントの屋上で育てたいわね」

「都会では難しいかと」

「土と肥料とお水くらいあげられるわ。ロベルトは、新しい街を見たことある？こんな田舎と違うのよ。今ね、川向かいには整備された道沿いに綺麗にお城の壁のように建物が並んでいるのよ。昔の汚い街が死神の街なら今度のは天使に守られた街ね」

　やがて馬車が門を抜けて、玄関の前で停まると、幾人もの召使いが出てきた。ソフィアは若々しいレベッカを見つけた。

「レベッカ、荷物をお願い。汽車で埃塗れになったからお風呂も入るわ。でもまずお父様ね」

　ソフィアは召使頭とともに執務室へ出向いた。彼は祖父の代から仕えていた。

「お父様はお仕事かしら？」

「執務室でお待ちでございます」

　扉を開けると、伯爵が両腕を広げて待ち構えていた。ソフィアは抱き締められる腕の力強さに満足した。

「一本汽車が遅れたの」

「遊びすぎてかな？」

「勉強よ。しなきゃならない勉強がたくさん出るの。お父様から校長に伝えてよ」

「さすがにできない相談だな」

「レメディオスに挨拶しなきゃ。彼女にプレゼント買ってきてあるの。チョコレートなんだけど食べられるかしら」

　ソフィアは、レベッカに案内されるようにレメディオスの部屋に入った。レベッカは窓辺を気にした。

　レメディオスは枕を腰に添えて上体を起こしていた。ソフィアは息を飲んだ。この子はどれほど美しくなるのだろうか、と嫉妬にも似た気持ちを何とか封じ込めた。

　アマランタが現れた。

　ソフィアは挨拶をした。

「今帰ってきたところなの」

　ソフィアは腹違いの妹レメディオスの枕のところにある椅子に腰を掛けた。やつれているはずなのに、まだ清らかに思えるレメディオスに魅入られかけた。

「久しぶりね。今朝発作を起こしたって聞いたけど、平気なの？」

「少し楽になったの」

「そう。しばらくここにいるわ。一緒にお庭に行くのを楽しみに帰ってきたのよ」

「薔薇、綺麗かしら。お姉様、見てきたら教えてね。わたしは出られないから」

「そうなのね。街にはね、薔薇も新しい品種が出ているのよ。街にはたくさんの花があるわ。品評会もあるのよ」

「綺麗なものもあるの？」

「もちろんよ。これね、今年の新しいチョコレートなのよ。薔薇の形してるの。新しい街にね、百貨店ができたの。そこには何でも売ってるのよ。一つ選ぶのも大変」

　ソフィアはつまんで見せた。

　レメディオスは、匂いを楽しむかのように瞼を閉じた。長いまつ毛が、またソフィアの嫉妬心を揺るがした。ソフィアはチョコレートを箱に戻し、サイドテーブルに置いた。

「ゆっくりしてね」

「お姉様、ありがとう」

　ソフィアが廊下に出ると、アマランタがチョコレートの礼を述べた。アマランタは眠れているのかと尋ねた。すると召使いたちを信頼していると答えた。

「お義母（かあ）様も倒れないようにね」

　ソフィアはアマランタと別れ、エントランスで肩の力を抜いた。するとそこにブレンディア伯爵がやって来た。

「お父様、明日のこと覚えてる？」

「クルーナ伯爵のご子息のことか？」

「準備はできてる？」

「もちろんだよ」

「お風呂入るわ。汽車の煙嫌いだわ」