第20幕-面影ー

ifルートの映像を最後まで見届ける。


画面が暗転したあとも、しばらくその場を動けなかった。


あの人生は、確かに私の一部だと思えた。

触れることはできないのに、あまりにも近く感じて、胸がぎゅっと締めつけられる。


「…どうでしたか?」


ソウマが気遣いつつ問いかける。


少しの間をおいてユイナが口を開く。


目は少し伏せているがスクリーンを見つめたまま。


「……綺麗すぎる」


いつもよりトーンの低い声。


ソウマが少しだけ目を見開く。


「だって、こんなの……ずるいよ。

こんなに幸せそうなんだもん。

こんな未来、見せられたら……」


そこまで言って、唇を噛む。

目を逸らすようにスクリーンから顔を背ける。


「……悔しい。ずるい。

こんなの、知らなきゃよかった。

生きたかったよ。

私だって、本当は……もっと、生きたかった……!」


ぽろぽろと、涙がこぼれる。


でも、声を荒げるわけじゃない。ただ静かに、胸の奥からこぼれる叫びのように。


ソウマは何も言わない。ただ隣で、ユイナの肩にそっと手を置く。


まだ涙は止まらない。

いろんな感情が入り混じる。

悔しさ、懐かしさ、愛しさ…


「でも、いい人生だった。

どちらの私も…本当に。幸せだった。それは断言する。」


自分を落ち着かせるようにやっと溢れた言葉は、肯定だった。ほんの少し、目元が潤んで、でもどこか晴れやかに笑った。


—「愛してる」


何度も心の中で響き渡る。

自分の人生の指標となった人から向けられた言葉。

純粋で真摯な心からの言葉。 


悠歩くん。


本当はずっと会いたかった人。

連絡しようか迷った夜もあった。


「君に出会えて良かった。」


もしもの世界の彼からの言葉が届く。

長い時間を経て、心に深く響く。

このタイミングで届くなんて思わなかった。思いがけない贈り物をもらった気持ちだった。こんなにも静かで、あたたかい奇跡があるんだ。あのささやかな日々のやりとりは、私を愛してくれる人の未来へ、ちゃんと届いてたんだ。


「私もだよ」


って言えなかったけど、きっと伝わってる。


ifルートは、今の人生を否定するものではない。ただ、自分が自分で選んだ道に、誇りを持てるようにするための“もう一つの可能性”。


理想的な、絵に描いたように美しい未来。


「もしあっちだったら…」という切なさは、確かにある。でも、後悔の泥沼に沈むことはない。選ばなかった人生にも憧れはあるけれど、今の自分も心から愛している。


よし、と自分に言い聞かせるように前を向く。


どこか満ち足りた気持ちでそのあとの映像を見る。


現実の私の世界。


懐かしい顔ぶれが、またスクリーンに並ぶ。


高校時代。


絵が得意で、面白いことで笑わせてくれた親友の由佳ちゃん。受験生の妹の話、悩んでたな。


帰り道の電車から見た夕陽。

毎年早くなる桜の開花。


ずっと想いを伝えてくれた、野球部の山田。結局付き合って、でも3ヶ月で別れた。


おじいちゃんの死。

お葬式で会ったいとこの赤ちゃん。

写真の中のおじいちゃんの笑顔。

赤ちゃんの小さくて温かい手。


年々暑くなる夏。

小学生のころは、もっと涼しかった気がする。夕立じゃなくてゲリラ豪雨、なんて言葉が使われるようになったのはいつからだったかな。


猛勉強して合格した第一志望の大学。

お祝いの食事で、お父さんがエビフライのしっぽまで食べて、お母さんと大笑いした。


初めてのアルバイトの面接。

採用の決め手は、履歴書の字だと言われた。賄いが美味しい洋食屋さん。慣れない頃はしんどいこともあったけど、楽しかったな。


お母さんと選んだ深緑の振袖。お父さんが何枚も写真を撮って、照れ隠しに「撮りすぎ!」って笑った成人式。


サークル仲間とレンタカーでドライブする気ままな旅。友達同士で運転して、伊豆まで行けるんだ!って感激した。


気の合う友人たちと、ホットペッパー片手に、渋谷のオシャレなダイニングバーでワインを開け、カラオケで歌い明かした。

あの大学生のゆるさが、今では懐かしく、愛おしい。


折りたたみケータイからスマホになった。

もう、ストラップは沢山つけないし、アンテナが光ることもない。

ガラケー時代の操作は思い出せない。


早くから始まった就活。

合同説明会にSPI、自己分析…

まるでお祭り騒ぎで、「もう内定!?」って春から焦らされた。

合否に一喜一憂しては、涙を飲んだ夜もあった。完璧を求めて必死に頑張ってきたからこそ、憧れの企業から内定をもらった時は、心から嬉しくて、ほっとした。


ゼミの発表会。夜遅くまでかかって仕上げたレポートが優秀賞をもらい、両親に褒められた日。母は「よく頑張ったね」と微笑み、父は静かに頷いて肩を叩いてくれた。その一言と笑顔が、何よりも嬉しかった。


平凡ながらも美しい、愛すべき日々が走馬灯のように次々と映し出された。


ふと気付く。


ifの世界の私は「愛」に溢れていたけど、

現実の世界の私もまた「愛」に包まれていた。


思い返せば、気づかないうちに、あちこちで差し出されていた。


笑った日も、泣いた日も、そっと寄り添ってくれていた。


それが、愛だったんだと、今なら分かる気がする。


そして、静かに終わりの時が訪れた。

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