浮遊感

@akisuke3

第1話 落とし物の正体

昼下がり、電車に揺られながら窓の景色を見る。見渡す限りビルが建っている。四角い窓が太陽の光を反射して、とてもまぶしい。少し上を見上げると、空にはくも一つなく、とても澄み渡っている。目の端のほうには、飛行機雲を伸ばしながら、飛行機がまっすぐと飛んでいる。なんだか妙に、懐かしい思いが湧いてくる。こんな穏やかな日には、たまにあの日の思い出を思い出す。


「ねえ、あれってなあに」

アスファルトの上に横たわる何かを、日向が指し示す。そこには、ふさふさとして、それでいて灰色。サイズとしてはペットボトルよりちょっと大きい。遠目で見て、何なのか僕には分かった。

「さあ、なんだろうね。」

ここはひとつ、からかってやろう。

「僕が当ててあげようか。」

「うん。」

「あれは落とし物だね。だれかのタオルかなにかに違いない。」

小さな物体を横目に歩いていく。

「そんなわけないじゃない。タオルだったらもっと薄いし、小さいし。」

少し手ごわいな、なんて風には思わない。日向はめっぽう挑発には弱いのだ。

「そんなに気になるなら見てこればいいじゃない。」

そんな風にそそのかしてみる。しばらく日向は考えているのかうつむきがちに黙って歩く。さあどうでるか。すると突然、

「わかった!」

日向が目の前に飛び出し、立ち止まる。ほらね。

「あれはきっとぬいぐるみだわ。かわいそうに、お友達とはぐれちゃったのね。私が助けてあげる。」

そう人差し指を立てながら演説する。

「そう、じゃあ確かめてこれば。」

「うん。」

そう言って、ランドセルを揺らしながら走っていった。あんなにうれしそうに走られると、僕の心が痛まないわけでもない。それから悲鳴が聞こえるのは、間もないころだった。

「きゃあ」

そう叫ぶと、全力で方向転換をしこちらに戻ってくる。笑いが止まらない。

「鳥の死骸だったわ。血が染み出てたの。鳥さんがかわいそうに。」

日向が泣き顔で僕を見る。まるで僕があの鳥を殺したかのように見るのは止めてくれ。

「あらそうだったの、意外だね」

「あんなん近くで見れば誰だってわかるわよ。私の目が悪いことを利用してからかったわね。」

すこし元気が戻ったかな。

「僕だって目が悪いさ。そして日に日に衰えていくのを感じるよ。最近勉強でもしすぎたかね。」

「そんなはずないわ。そんな分厚い眼鏡をして、見えないものなんてあるはずない。」

そういうと、露骨に速足となって、そそくさと前方10メートルへと進む。いつもこうだ。ちょっとでもからかうと、こうやって距離をとる。そのくせして、歩調だけは僕に

合わせる。

「ねえ。」

そういいながら少し速足になると、あっちも速足になる。まったくもって厄介だ。

「今日は見たいアニメがあるから走って帰ろうぜ」

「勝手に帰ればいいじゃない」

「そうさせてもらうよ。」

といって全力で走る。いっておくが、僕はまあまあ足は速いほうだ。運動はあんまりしてないが、才能ってやつかな。

「今日のアニメはどういう話か気になるか?ラブコメなんだけどね、これが甘ったるい子供むけの番組で、今日もいつもの告白ごっこさ」

「私も見たいドラマがあるのよ」

急に走り始めたぞ、こいつ。

「ドラマなんて夜からだろ。そんな急がなくても大丈夫だぜ。」

黙った。一瞬で黙った。しばらく走り続ける。なかなかに日向も速い。フェイントをかけて一瞬スピードを上げるも日向も加速して、体力の無駄を悟りすぐやめた。やはり男女間の体力差というのは、中学生になってからつくのだろうか。そもそも日向が速いという線もある。全然抜かせるビジョンが見えない。

それから五分はたった。ランドセルを背負いながらなのでだいぶ肩が痛くなってくる。さすがにペースは落ち着いてきたが、一向に追いつけない。かといって、日向はやはり、僕の前方10メートルにいるのだった。

走っている間に何人か地域の方々とすれ違うが、あいさつする余裕もない。僕にも意地というものがあるのでそのまま走って、僕たち二人がバラバラになる分かれ道に

たどり着く。

「はあはあ。じゃ、私はドラマを見るから。」

息を切らしながら日向がいう。

「では僕はアニメを。」

「ばいばい。」

そうやって、手を振って、別れを告げる。今日もなかなかに騒がしかったな。

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