利益
ミレニアムの門前に兵士たちが整列していた。彼らは主であるレオの命に従い、構内には入らず待機ということになったが何かあればミレニアム内に剣を抜きなだれ込んでくる手はずだ。
レオは精鋭の部下五人を選び、ミレニアムの内部へと足を踏み入れていた。表情には余裕の笑みを浮かべながらも、常に周囲を観察している。
この余裕はミリアムは見るからに戦えなさそうな男であるし、先ほどからこの男の周りには女しかおらず、このような建物を建てることが出来る技術があろうとも恐れることはないだろうと思っていたからだ。
向かった先は、ミレニアムの食堂。
ミリアムたちは食事でもしながら会談をしようと思ったのだ。
「食事の準備が整うまで、紅茶と茶菓子を。テーナ、お願い」
ミリアムが告げると、テーナは無言で一礼し退出する。
数分後、白い陶器のティーポットと、焼き菓子の乗ったプレートがテーブルに並んだ。
「ふむ……香りは悪くない」
レオは椅子に腰を下ろし、紅茶のカップを手に取った。ミリアムは向かいに座り、テーブルに資料の束を並べ始めた。
「先ほど魔力濃縮症という病についてお話しました。改めて、説明させていただきます。資料もあるのでレオ様のお側にいらっしゃる医師の方にも確認いただければと」
「ふん、あくまで魔力濃縮症なる病が本当にあると主張する訳か」
レオは不快を隠そうともせずに言い放ち、ブルーレに資料を渡す。彼の隣にいた老医師ブルーレが、一枚の資料に目を通し、目を細めた。
「これは興味深い。私は魔力を扱うことはできませんが、医学的な観点から見ると、症状の進行や臨床データには整合性が見られます。これは正しい可能性が高い……」
「なるほど」
ブルーレは低く唸った。
レオもそれを聞き、ブルーレが読み取った情報の価値を無視できなくなったのだろう。レオは確かにこれが魔物によって起きる症状と同じなら、不治の病と言われていた病気を治すことが出来る情報を握ったことになる。
それを王に伝えれば自身の発言権が増すからだ。
「分かっていただけたようで、何よりです」
ミリアムはほっとしたように微笑む。
だが、レオはすぐに表情を引き締めると問いを投げかけた。
「だが、お前が異界から来たという話は、どうにも信用ならん。魔力濃縮症なる奇病を持ち込み、この地に病を振りまいたのではないか? 魔国の出身ではないのか?」
「魔国? それは、何です?」
ミリアムは新たな情報に首を傾げた。
レオはしばらくその様子を見つめた後、紅茶を一口飲んでから口を開いた。
「魔物どもが跋扈する、東の地帯を拠点とする国のことだ。奴らの存在は災いを招く。病や呪いの源だとすら言われている」
「そんなものが、本当に……?」
ミリアムの瞳に純粋な驚きが浮かぶ。サンソンの情報にはない新たな発見だ。
「この世界にはそんな存在もいるのですね」
テーナも驚く。濃縮魔力を振りまく生き物など脅威でしかないからだ。
レオに続く兵士たちもその情報に驚く。彼らも初めて魔物というものを知ったからだ。
その兵士たちにレオは冷たい声で言う。
「この話はここだけの話だ。もし漏らせば分かっているな」
「ハッ!」
ミリアムはレオの兵士たちの反応を見て、静かに目を見開いた。どうやら彼らは魔国や魔物の存在すら知らなかったようだ。
「これは、兵士の方々もご存じなかったのですね。これは一般には広まっていない情報なのですか?」
ミリアムの問いにレオは静かに紅茶を置いた。
「そうだ。魔国の存在を知るのは、ごく限られた者のみだ。王都に近しい貴族、あるいは王族に仕える者たちだな。無用な混乱を避けるために、意図的に伏せられている情報だ」
「なるほど、それは驚きです。では、レオ様は……?」
「ふん、王都の者ではないが、第二王子とは旧知の仲でな。多少の情報には通じている」
テーナの視線がレオに向けられた。彼の言葉に、テーナの頭の中では平和的にこの出会いを終わらせる手立てが見えた。
王族そのものではないにせよ、王都に影響力を持つ貴族であり、しかも王子とつながりがあるとなれば、こちらの情報を脅威ではなく価値として見る可能性がある。強行突破よりも、理を尽くすべき相手そう判断してくれるなら無用な衝突は起きないはずだ。
テーナは耳打ちをして資料を差し出すように言う。
ミリアムは資料をレオの方へと差し出した。
「この情報は、この世界においては限られた者しか知らぬものです。魔力濃縮症に関する研究も含め、我々が得ている知識は、この国にとっても有益であるはずです。この情報を貴方に献上します。ですので私たちが異界から来たいう事情を加味してこの土地に居ることを許して欲しいのです」
この人が話を聞いてくれるなら、きっと共通の利益を見出せる。
レオは資料に目を通す。その視線は真剣で、探るような光を帯びていた。
「お前たち、そしてこの建物どれも不可解だ。だが、確かに有益ではある」
その言葉に、テーナの肩の力がわずかに抜けた。
敵意に満ちた訪問から一転、今は冷静な判断を下そうとする姿がそこにある。彼の中にある秤に、わずかでも利益が傾けば、まだ交渉の余地はある。
だが、レオはすぐに資料を伏せ、鋭い視線をミリアムへと向けた。
「異邦の者であることは認めよう。だがこの地で何をしようとしている? なぜ、この技術や知識をひた隠しにしていた?」
「隠していたわけではありません。ただ、私たちがこの世界にはない技術を持っているのは明白。余計な混乱を避けるためなのです」
今は、正直であることが最善だ。こちらが害意を持たぬことを理解してもらわなければ。
レオは重々しい沈黙ののち、再び紅茶を口にした。
テーナはそのやりとりを見ながら、内心で小さく頷いた。
無用な戦いを避ける道がある。十分に幸運だ。
無実の平和主義者魔導王〜何故か人助けをしていたのにその国が降伏してきたりして世界征服が進んでいくのですが〜 四熊 @only_write
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