コンタクト
ミリアムはこの世界に転移してから初めての危機に直面していた。
思わず声を上げた。数十の騎馬兵、随伴する歩兵、そして中央には一台の紋章があしらわれた大きな馬車。状況を把握するにつれて、全身を冷たい汗が這っていくのがわかる。
「バーナードさんは医者を呼び行ったんですよね?」
焦りが口を突いて出る。他国の貴族との接触はこれが初めてだ。しかも、仕方がないこととはいえ自らの拠点がサール王国という国家の騎士爵領に侵入してしまっているという、最悪の立場。
領土侵略である。言い逃れの効かない事実だ。
「はい、私もまさかこんな兵士を連れてくるとは思いませんでした。ですが実はナシス騎士爵とはとある問題を抱えていましてもしかしたらそれも影響しているのかも知れません」
「問題?」
そう聞いたミリアムに、サンソンが沈痛な面持ちで語り始める。
「ナシス様は、私の妻を自身の妻にと望まれたことがありました。丁重にお断りしたつもりでしたがそれ以来、私と村には目をかけられていたようです」
(それはもっと早く言っておいて欲しかった)
それを知っていれば簡単な位置案内ゴーレムではなく、万一を考え自身が出向きミレニアムのことを伏せつつバーナードのみをミレニアムに連れて行くことが出来たのに。
ミリアムは頭を抱えた。
「ミリアム様、落ち着いてください。まだ戦端が開かれたわけではありません」
静かな声が背後から響いた。振り向けば、冷静な顔のまま佇むテーナがいた。
「どうあれ、まずは話をするしかありません。誠意を持って対応を」
「そうだな。攻撃的に動けば、本当に敵になる」
ミリアムは深く息を吸い込み、震えそうになる手を握りしめた。
殺し合いになる自体は避けたい。そのためにはある程度の条件も飲むつもりだし、自分たちの経緯を明かし兵器以外の魔導具を提供することも出来る。
気持ちを切り替えサンソンに協力を求める。
「サンソンさん、同行をお願いします。こちらの村の代表としての貴方の言葉が必要です」
「勿論です。ナシス騎士爵様にはちゃんと説明致しますので、ミリアム殿に迷惑をかけません」
その声には覚悟が滲んでいた。
覚悟を決めミリアムはテーナとサンソンを伴いナシス騎士爵を迎える。
アルカナは魔導大戦で自身の身を守るためにも作成した戦闘に使える魔導具や壊すと濃縮魔力が放出されるため保管している攻めてきた魔術師から奪い取った魔導具を大至急で隠す役目を与え、リリにはサンソンの情報を聞いて万一のことを備え、マリーとアンナを守るためにも村人と一緒にいるように命じた。
ミリアムたちはナシス騎士爵たちの前に姿を現す。
「おー、サンソン村長! 無事で良かったです」
「ああ、このミリアム殿のおかげでな」
サンソンの姿を見たバーナードが駆け寄り、ミリアムを紹介した。
ナシス騎士爵の兵たちは当然、城から出てきたミリアムを警戒しつつもテーナの美しさに声を漏らす者もいた。
ミリアムはゆっくりと数歩前へ進み、両手を見える位置に出したまま武器を持っていないことを示すと言葉を発する。
「こんにちは。僕は異界から、故あってこの地に飛ばされてきた魔術師ミリアムと申します。そしてこれが僕たちの拠点です」
兵たちの間に、ざわつきが走った。魔術師という単語が原因だ。
人間においては魔術が使えるということはその人物は貴族であるということが予想されるからだ。
何故そう予想できるかというと、人族の国のはどの国も例外なく魔術が使えるものが集まって出来たという歴史があり、魔術を使えるものの中で1番強い者が王となり他のものは魔術を使えない者たちの指導者として王に従ったからである。
魔術を放ってくるかもしれない危険性から兵士の中には剣の柄に手をかける者すら現れるがレオは静かに右手を上げそれを制した。
「魔術師? どこの国の者かは知らんが君が、サンソン村の人々を連れ去った張本人か? ここに建っている城といい、しっかりと説明してもらおうか」
その声音と表情は冷静だが、内に怒気と疑念を秘めていた。だが、すぐに一歩前に出たサンソンが深く頭を下げ、声を張る。
「ナシス様! 彼らは村人を救ってくださったのです。私が皆を導き、避難させたのです!」
レオの視線がミリアムに向けられる。
「はい。詳しくご説明します。まず、村の人々が倒れ始めたのは、村の水源として用いられていた川の水に原因がありました。僕たちの調査では、そこに濃縮魔力が流れ込んでいたのです」
「濃縮魔力だと? なんだそれは」
レオの眉がわずかに動いた。
「はい。人の体にとって、濃い魔力は魔力は毒に等しい。魔術師はその魔力を排出出来ますが非術師は魔力濃縮症を引き起こし、命を落とす危険があります。村人たちはすでに痣が身体に表れ、身体の機能が低下するなどその症状を見せていました。私はそれを重く受け止め、川の水を利用できない以上、村を離れるしかないと判断しました」
「それで……この場所へ?」
「ええ。当面の生活環境と、最低限の治療、そして安全な水の確保ができる拠点が必要でした。だから、私たちの拠点ミレニアムへ村人を避難させるよう提案したのです」
説明をどうにかするのだがレオは懐疑的だ。
「ほう。だが、その魔力濃縮症なる病など、私は一度として聞いたことがない」
ミリアムは動じず首を振る。
「この世界では未知かもしれませんが、魔力を多用する領域では決して珍しくない症状です」
「ブルーレ」
レオがそばの老人医師を呼んだ。白髪混じりの医師は、前に進み出る。
「はい、騎士爵閣下」
「貴様、この魔力濃縮症とやらを知っているか?」
医師は皺だらけの眉を寄せ、しばし考え込む。そしてレオに耳打ちする。
「正式な病名としては存じません。しかしミリアムという者の話は昔、私が魔物討伐の従軍医を務めていた折、症状だけ見ればその時に魔物にやられた者達の症状と似通った点があるかと。そしてその病は不治の病であったはず……」
「ということはコイツラが嘘をついていると言うことか」
レオはそう考えたが、となると何故サンソンたち村人が医師を必要としていたかの理由がつかない。
思考を巡らせたレオは、ひとまず怒声を呑み込んだ。彼の視線がふとミリアムの隣へ滑ったからだ。そこには、金糸を流したような髪を持つテーナが静かに立っていた。雪のように白い肌と、凛とした顔。
――サンソンの妻も捨てがたいが上玉だ
レオの胸底にひそむ所有欲がきらりと光る。なんだかんだ言っているがレオはただの女好きというだけなのだ。
「……よかろう。事情は分かった。だがここは我が領地、それを奪い取っているということは分かっているな」
ミリアムはレオの視線の鋭さを感じ取りながらも、一歩前へ進み、対等に接するというよりはミリアム側に非があることもあり、下手に出ながら静かに頭を下げた。
「ご理解いただきありがとうございます。私たちに敵意はありません。あくまで人道的な判断として村人を保護したまでです。そして誤解を解き、より詳しくご説明するためにもよろしければ私たちの拠点ミレニアムへお招きさせていただけませんか?」
騎士たちがざわめく中、改めて敵意のないことを示す。
「貴方方の安全を保障します。拠点内へ武器を持って入って構いません、そして必要であれば同行する兵も構いません。どうか、対話の場を設けていただけないでしょうか?」
レオの視線が鋭くミリアムを見据えるが、同時にテーナの立ち姿へ再び目をやり、少しだけ口元を緩めた。
レオは稚拙な悪巧みをしている顔だ。
「よかろう。だが、我が身と部下の安全は確保されるものと信じてよいのだな?」
「もちろんです。誓いましょう」
ミリアムの落ち着いた声音と堂々とした態度に、レオは小さく鼻を鳴らした。
「では案内してもらおうか」
こうして、緊張の中ではあったが、ミリアムたちはナシス騎士爵一行をミレニアムへ迎え入れることとなった。
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