ミレニアム

 そうと決まれば早いほうがいいとサンソンは村人に伝えにいった。


「サンソンさん。準備が整い次第、僕たちの拠点へ案内します」


 サンソンは村長の家を出て、村の広場に向かう。治療を終えようやく歩けるようになった村人たちサンソンの呼びかけで少しずつ集まっていた。


 サンソンはそこで、事情を説明する。


 ミリアムたちがこの村に訪れた経緯、自分たちの生活用水であった川の水に魔力が濃縮されており、再発の危険があること。今のままでは再び命を落とす可能性が高いこと。そして、自分たちを救ってくれたミリアムたちが、安全な場所へ避難させてくれるということ――。


 村人たちはその言葉を信じ、感謝と共に一時移住の意思を示した。


 しかし――。


「待ってくれ!」


 一人の若い男が立ち上がり、鋭い声をあげる。


「俺は、アイツラがバーナードが呼んできてくれたお医者様だと思っていたから感謝していたが世界が滅んで転移してきた? じゃあ、この病気もアイツラが運んできたんじゃないのか! 俺たちは今までここに住んで川の水を使っていたがこんな病気にかかったことはなかったじゃないか!」


 その言葉にざわめきが広がる。


「この馬鹿者が! 命の恩人になんてことを!」


 サンソンは若者を怒鳴りつけるがその声に触発されるように疑念の声を上げる村人が少ないながらも出てきた。


「確かに都合良く他の世界から来た人が現れて助けてくれるなんてことあり得るのかしら……」


「もしかして、私たちを……奴隷に売るつもりなんじゃ……?」


「確かにこんな辺境の村、売れる物なんて人間くらいだしな……。それにマッチポンプで感謝させてからだまし討ちをしようとしてるって考えたらそっちの方が辻褄が合うぞ!」


 不信の種は、少しずつだが確実に広がっていく。その中でどんどんと悪い方向に考えていく村人。


 サンソンはそれを見て、必死に手を振って否定した。


「違う! 違うんだ! ミリアム様たちはそんな方々じゃない! 見ただろう!? あれだけの薬を惜しげもなく使って、命を救ってくれた! 何も奪わず、何も求めずにだ! それに、ただ奴隷にして売るということなら弱っている私たちをそのまま拘束して連れて行ってから治せばいいじゃないか!」


「うっ……でも、それも全部信じろってだけじゃねえか」


 若者の一人がうつむきながら呟く。


 こうなってはサンソンも信じろ、信じないの水掛け論になってしまう。


「信用できるかよ……」


 村の空気は揺れ、決断の時が近づいていた。


 その様子を少し離れた場所から見ていたミリアムは、腕を組んで小さくため息をついた。


「困ったな、こうなってしまうと無理に連れて行くことは出来ないな……。だけどこの村に置いていけば確実にまた再発してしまう、1回目は治せたとしても回数を重ねるごとに効きづらくなって治らなくなるとも限らないし……」


 ミリアムの独白を聞いていたテーナがぎりっと奥歯を噛みしめた。


 そして、次の瞬間、彼女はずかずかと前に出た。目は鋭く、怒りに満ちている。


「テーナ……? 何をするつもり?」


 ミリアムが思わず声をかけると、テーナは一瞬立ち止まり、怒りを滲ませた声で振り返った。


「引きずってでも連れて行こうかと。あの村人がどれだけ無礼なことを言おうと構いません。でも、ミリアム様が傷つく姿を私はもう見たくないんです!」


「テーナ、それじゃ逆効果だよ。そんなことをすれば、ついて来ると言ってくれていた人たちまで疑い出す。話がもっとややこしくなる」


「言わせておけばいいんです!」


 テーナは語気を強めて続けた。


「どうせ彼らは、いずれ気づきます。ミリアム様の優しさも、偉大さも全部。でも、そのときにはもう手遅れになっているかもしれない。だったら、多少強引でも動くべきなんです!」


 その言葉と共に再び歩を進めるテーナ。


 慌てたリリが前に回り込み、両手を広げて止めに入る。


「テーナ、待って!」


「どいてください、リリ。私はミリアム様のために嫌われ役になろうと言っているのです」


「でも……っ、ミリアム様は暴力とか嫌いだと思うよ?」


 どちらもミリアムを想う気持ちに偽りはない。そのために仲間ではあったが一触即発の雰囲気だ。


 二人の力が拮抗し、バチバチと魔力が拮抗し始めたそのとき。


 ミリアム一行の様子に気づいたサンソンが割って入るようにその場へ現れた。


 そして、深く頭を下げた。


「申し訳ありません。本当に醜態をお見せしてしまったようで」


 ミリアムも、リリもテーナも、その場でぴたりと動きを止めた。


 サンソンの声は、はっきりと村中に響くような力を持っていた。


「あなた方は、命を救ってくれた恩人です。にもかかわらず、我が村の者はあろうことか、疑念を口にしてしまった。それは、私の不徳の致すところです」


 そしてサンソンは村人たちに振り返って言う。


「これでもまだ言うか」


 その声音には怒りや苛立ちではなく、静かな嘆きが混じっていた。


「見ただろう? あの方々が、何も求めず、見返りも求めず、我らの命を救ってくれた姿を。にもかかわらず、今こうして我々が助けてくれた方々を悪し様に罵っている。そして、それなのにまだ救おうとしている姿を!」


 村人たちは押し黙った。誰も何も言えなかった。


「私とて、疑念がなかったわけではない。信じたい、そう願う一方で、怖さもあった。確かに今までこの村で過ごしてきたがこんな病が起きることはなかったからだ。だが、あの方々を見ていて思った」


 サンソンは拳を握りしめる。


「それでも彼らを疑うぐらいなら、私は死んだ方がましだ!」


 静まりかえっていた空気が、一気に揺れた。


 彼の言葉に反論はなかった。反発の声を上げていた者たちもただ黙って俯いた。そして次々と再びサンソンの後に続く意思を示していった。


 サンソンたちはミリアムたちの拠点、今は地に墜ちた天空城ミレニアムへと向かうことになった。


 サンソンは医者を呼びに行ったバーナードが帰ってきた時に不安に思わないように経緯、帰ってきた際は狼煙を焚いて知らせてくれと書いた置き手紙を書くと村人をまとめてミリアムたちの背を追った。


 村人を連れ平野を進んでいたが、サンソンがミリアムに質問をした。


「見晴らしのいい平野で拠点らしき建物が見えないということは野営をしなくてはいけない距離なのですか? 野盗などが心配なのですが」


 ミリアムは振り返って説明した。


「安心してください。私たちの拠点には防御機構が組み込まれていて、近づくまでは存在自体が目に映らないようになっています。これは外敵への備えです。それにすぐ着きますよ、ほら」


 ミリアムの言葉通りに村人たちの目の前に急に現れたのは神の住まう神殿が天から降りてきたのかというほどに輝く白亜の建造物群。


 それは村人の誰もが見たことのない構造だった。少し綻びが見えるものの天空に届きそうな尖塔、その建造物群を守るように囲う外壁には生きているかのように鼓動する光の文様が走る。


「あ、あれが……?」


「まさか……これは、神殿か?」


「では、神そのものじゃないのか……?」


 誰からともなく、ぽつぽつと声が漏れ始める。


 ミレニアムの全容が見えた瞬間、多くの村人はその場に膝をつき額を地につけた。


 ひれ伏すという行為が自然と体からあふれ出したのだ。


 無知ゆえの恐れではなく、明らかに人知を超えた力の存在に対する本能的な畏敬と感謝がそこにあった。


「神に私たちは試されていたのか……?」


 ぽつりと誰かが呟いた。


 ミリアムはその様子を静かに見つめ、少しだけ複雑な表情を浮かべた。


(崇めさせるために連れてきたわけじゃないんだけどな)


 隣に立つテーナとリリは村人の様子を見て満足気だった。


「皆がこれで分かってくれたのは良いがこれは手の平を返しすぎだろう……」


 サンソンはすぐに手の平をひっくり返すことを繰り返す村人たちの行動に赤面していた。





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