テーナの計略

 「ミリアム様、これは?」 


 ミレニアムの修復を任せていたアルカナがこの世界の村人を連れてきたのを見て、ミリアムの元に現れた。


 ミリアムは今まであったことを彼女に説明する。


「そうですか、ミリアム様の悲願がかなったのですね」


 しみじみとアルカナは呟いた。彼女もまたミリアムが魔力濃縮症をどうすることも出来ずに後悔に苛まれながら研究を続けていた姿を見ていたからだ。


「ですが、ミリアム様。連れてきた彼らの住む所はどうお考えなのですか? 錬金術で家をすぐ作ると言ってもライフラインはミレニアムの魔術核と繋げねばなりませんが」


「あっ、そうか。助けることだけを考えてそれを失念していた」


 ミレニアムの電気や水といったライフラインはミレニアムの中心に位置する白亜の塔に納められた魔術核という物に繋げなければ使用出来ないのだ。


 ミリアムは建物くらい錬金術でコンクリートをチャチャッと固めて作ってしまえば良いと思っていたが魔術核に繋げる作業を忘れていた。


 ミレニアムの電気や水といったライフラインは、ミレニアムの中心にある管理室も置かれている白亜の塔の地下――そこに幾重もの耐衝撃機構で守られた部屋に納められた魔術核という巨大な魔導具を通して初めて機能する。魔術核とは、無から有を生み出す魔術たとえば無から水を作る、無から電力を生み出すといった行為――によって引き起こされる魔力濃縮を防ぐために開発された制御装置だ。


 魔力濃縮とは、神殺しの魔術と並ぶ人間には過ぎたる行為である無からの創造行為の副作用で発生する世界を蝕む毒のようなもの。水を操作する、あるいは石と何かを混ぜて金属を錬成するといった、既存の物質を変化させる魔術では起きないが、完全な創造には対価が必要なのだ。


 それを補うのが魔術核であり、ミレニアムの心臓ともいえる存在だ。 


 重要な魔導具に繋ぐ手順は慎重に進めなくてはならず今日一日ではどうやっても繋ぐことが出来ない。


(どうしたものか……)


 ミリアムが頭を悩ませているとその話を聞いていたサンソンが言った。


「ミリアム殿、私たちのようなただの村人の家には電気や水の出るような設備はついておりません。暗くなれば蝋燭に火を灯し、水は貯めておくかそのつど汲みに行くものですので私たちは雨風を防げるだけで十分です」


 サンソンの落ち着いた声に、ミリアムは一瞬目を丸くした。快適さに慣れた自分たちにとってそれはまるで昔話のように感じられたが彼らにとってはそれが日常なのだ。


 「そういう訳にはいきません!」


 ピシッと指を立て、声を張ったのはテーナだった。自信満々な笑みを浮かべ、この展開を待っていたかのようにわざとらしく。


 「そうだ! 私の屋敷を使いましょう!」


 「テーナの?」


 ミリアムが首を傾げると、テーナは胸を張って宣言した。


 「はい、私に与えられている屋敷兼研究棟。あそこは住めるように生活設備も完備されています。そこをサンソン殿たちにお使いいただいて、私は……ミリアム様のお部屋で暮らします!」


 「えっ」


 あまりに自然な流れで告げられたその提案に、アルカナが目を見開いて驚きの声をもらした。そして次の瞬間には悟っていた。こいつ、計算済みだったなと。


 アルカナは、自分の脳裏に浮かんだ一つの問題に顔をしかめる。このままでは私のミリアム様がテーナに取られてしまう。

 

 テーナのこの計算高さには脱帽だがただではやらせないとアルカナは思考を張り巡らせる。


 本来、自身の右腕としての能力を伸ばされたためテーナは他のホムンクルスたちより交渉術などの話術方面の頭の速さに重きを置いて錬金されたのでアルカナはその分野に置いてテーナを出し抜けないはずであった。


 だが愛の力が不可能を可能にした。


 アルカナは自身がテーナに一泡吹かせ、ミリアムと2人屋根の下で暮らす手段を思いついた。


 テーナの施設には、参謀として管理していた極めて機密性の高い資料。絶対に村人たちに見せてはならない禁忌の技術書や、旧世界の魔術兵器の設計図までもが保管されていたのだ。


 テーナの部屋には村人は入れてはいけないのだ。


 一方、当のテーナは満面の笑みだった。村にいた頃からこの展開は織り込み済み。ミリアムと同じ屋根の下、いや、ひいては同じベッドで寝られる可能性まである。そんな妄想を胸に秘めながら、一歩ずつ夢に近づいていた。


 「テーナ、それでもいいけど……君、嫌じゃないの?」


 ミリアムが戸惑いがちに訊くと、テーナは一瞬も迷わず即答した。


 「イヤな訳ないじゃないですか! さあ、そうと決まれば早く! ほら、もう暗くなってきていますよ!」


 空が赤く染まりはじめ、やがて夜の帳が降りようとしていた。テーナはミリアムの腕を嬉々として引き、強引にでも話を進める構えだった。


 アルカナは小さく溜め息を吐きつつ、その問題を突きつけた。


「待ちなさい、テーナ」


 アルカナの凛とした声がその場を静寂に包み、話の主導権を握る。静かだが威圧感ある口調で言葉を続けた。


 「あなたの屋敷を村人に使わせるのは不適切です」


 「えっ、どうしてですか? 私の屋敷は生活設備も整ってますし」


 思いがけぬ横槍にテーナが笑顔をひきつらせる。だがその裏には動揺が浮かんでいた。アルカナが自分の提案の不備を掴んでいると察したのだ。


 アルカナは村人に聞こえないようにミリアムとテーナを近づけると続ける。


 「理由は簡単です。あなたの屋敷には、私たちが元いた文明の禁忌技術、ミレニアムの機密情報に関する資料が保管されています。村人にそれを見られ悪気なく広められたり、持ち出されたりでもしたら、事故や混乱では済みません」


 「……っ」


 言葉に詰まったテーナ。目元がピクリと震えた。確かにその通りだった。


 「それは……ですが、それを見せなければいいのですよね。保管庫には厳重にセキュリティーがありますし問題はないと考えますが」


 「見せないでは防げません、近づけないことが大事なのです。あの世界でその技術がどれだけの惨劇を生んできたかあなたが一番知っているはずです、テーナ」


 アルカナの鋭い指摘に、テーナは言葉を失い、唇を噛んだ。


 ミリアムはアルカナの言うことが最もだと納得した。ミリアム自身、アルカナに資料のことを言われるまで気づかなかったからだ。


 資料の保管など自分では紛失しそうでテーナに任せれば安心だと思い任せていたがテーナもミスをするんだなとミリアムは思った。


 「アルカナ、確かにそうだな。僕も資料があったことを忘れていたよありがとう。それじゃあ……どうするのがいいんだ?」


 その問いに、アルカナはにっこりと微笑んで普段の冷静沈着な態度からは考えられないほど、食い気味で待っていましたとばかりに提案した。


 「ミリアム様、でしたら私の屋敷をお使いください。あちらはただのゴーレム置き場、居住区としての設備も十分に整っています。村人を泊めるには最適です」


 「そうだな、確かにそれがいい。それでアルカナはどうするの?」


 「私は、もちろん……ミリアム様の部屋をお借りします」


 今度はテーナがやられたという顔をした。


 「ちょ、ちょっと待ってください! 」


「なんですか? 村人さんたちはミリアム様の客人なのですからしっかりとした屋敷に住んで欲しいのです。それとも何か? ボロ家に客人を泊めるとでも?」


 その理屈は確かに正論だった。今回はアルカナの方が一枚上手だった。


 「う、うぐ……」


 完全にしてやられた。そう思いながらテーナはギリギリと歯ぎしりする。


 一方のアルカナは、してやったりの笑みを浮かべていたがまたもここで刺客が現れた。


「えー、リリもアルカナが一緒にいるなら一緒がいいよ。いつも研究所で寝たりしてたけど皆と一緒に居られるならそっちの方がいい」


 「そうなのか、リリは一緒がいいのか」


 ミリアムは困ったように微笑みながら、ぐずるリリの頭を優しく撫でた。リリはその手に嬉しそうに頭を擦りつけると、満面の笑みでうんうんと何度も頷いた。


 「うん! みんなと一緒の方が安心できるもん!」


 その無邪気な一言に、アルカナの顔がピクリと引き攣った。


 「うーん、それなら、僕の屋敷にみんなが泊まれるよう、寝室をいくつか増設しよう。元々、屋敷は錬金術で拡張できるように作ってあるからね」


 ミリアムはそう言う。元々、ホムンクルスたちの自我を強めるために一人で過ごす時間を増やしていたのだが、ここまで自我が成長し一緒にいたいと言うならそうするべきだろう。


 「え……」


 ぽかんと口を開けるアルカナ。こんな展開は予想出来なかったのだ。


 「リリの部屋、テーナの部屋、アルカナの部屋、全部作っておくから。来たくなったらいつでも来ていいからね!」


 「そ、そんな……!」


 まさに青天の霹靂。アルカナの心の中で描いていたミリアム様と同じベッドで一夜を共にし、あわよくばというロマンスは、木っ端微塵に打ち砕かれた。


 「リリ、ありがとう……!」


 死なば諸共だと思っていたテーナはリリに感謝した。


 最後の刺客リリは何も知らずに、ミリアムの隣で嬉しそうに飛び跳ねていた。


 そしてサンソンたちがアルカナの屋敷を借りることに決まり案内している最中。


 「ふふ、まさかの展開ですねアルカナさん?」


 テーナが肘でアルカナを小突く。


 「貴方も勝った訳ではないでしょうに」


 アルカナは苦笑する。こうやってミリアムを巡って争ってはいるものの結局は仲がいいのだ。


 彼女たちの戦いはまだ始まったばかりだ。






 




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