原因
リリとテーナ、ミリアムが村中を巡って魔力中和液を使い、村の規模もそこまで大きくなかったこともあり日が暮れる前に全ての患者に治療を施し終えた。
「ミリアム様、良かったね。それにしても魔力中和液全部使い切っちゃたね。また作らなきゃだね忙しくなるぞー」
えいえいおー、とリリは嬉しそうだ。ミリアム自身も今までの犠牲を無駄にしなくて良かった、今度は助けられたと胸を撫で下ろした。
「当たり前です。私たちを創ったのは誰だと思っているのですか?」
それを聞いたテーナは特に表情を見せることはなく淡々としていた。
村人たちは順々に少し動けるだけの気力を取り戻し、村は安堵と感謝の気配に包まれ始めていた。
ミリアムたちは村の中心にある村長の家に通された。
村長もまた魔力中和液で一命を取り留めた一人で体調こそまだ本調子ではないが、改めて礼儀正しくミリアムたちを迎えた。
大きな木のテーブルを挟んでサンソンとミリアムたちが席に着く。
マリーとアンナはミリアムたちをせめてもてなそうと簡単な料理を作っているところだ。
「助けていただき本当にありがとうございました。本当に満足なお礼が出来ない事が申し訳ない貴重な薬まで分けていただいて」
「いえ、お礼なんていりません。その代わりと言ってはなんですが、少しだけこの国や周りの国の話を聞かせていただけますか? 実は僕たちはこことは違う世界から来たようで知らないことが多くて」
村長は少し驚いたような顔をしたが、すぐに頷く。
「違う世界から……何と不思議なこともあるものですな。もちろんです私も村長をやっているのですが村から出たことがないのでここに来た商人などからの話になり、お役に立てる情報があるかどうかは分からないのですが」
「サンソンさん、どんな些細な情報でも構いません、少しでもどんな所なのか知りたいのです。ここからどうやっていくのかの方針もそれを知らなければ立てられませんし」
ミリアムはサンソンが負い目を感じてしまわないように優しげに笑う。
サンソンはあまり力になることが出来ないことを詫びながら話始めた。
「この村はレオ=ナシス騎士爵様が治める村で……、その上に何とか伯爵、いや? 何だったか……」
サンソンは恩人であるミリアムに正確な情報届けようと何度も同じ説明が繰り返される中、ミリアムは相槌を打ちながらもやや困ったように微笑む。
サンソンは頑張ってくれているのだが空回りしていて同じ話を繰り返したり、話を急に戻してまた違った言い方で言い直すので情報が分かりにくい。
その様子を見ていたテーナが、静かに口を開いた。
「サンソン殿。お話を遮ってしまい申し訳ありません。しかし、主ミリアムのためにも、今一度情報を整理させてください」
彼女は姿勢を正し、柔らかな声音ながらも明瞭に言葉を紡ぐ。
「まずお尋ねしたいのは、この村が属している国がどのような国なのか、特有の文化などがあるか、それと宗教などです」
その言い回しは流石ミリアムの右腕と言ったところだろう。
(ありがとう、テーナ。頼りになるね)
サンソンの面子を潰してしまわないようにアイコンタクトでテーナに感謝を伝える。
「おお、申し訳ない。まず、ここはサール王国という国に属しております。平野に広がる国なので他の国と比べて多くの穀物が取れるようです。そしてここからすぐ南に見える山岳にまばらにドワーフという小柄ですが力強く鍛冶を得意とする種族が点々と住んでいる鍛冶が盛んな国ジルニルス部族同盟。後は私どものような辺境の村にはこないのですが西方にエストニア神聖国という国があり、その国教のエストニア聖教が大陸中に広まっています。」
「ふむ……サール王国、ジルニルス部族同盟、エストニア神聖国」
ミリアムは指先でテーブルを軽く叩きながら国名を反芻する。
テーナはすぐさま小さなメモ帳を取り出して位置関係など情報を記録した。
「他にも色々あるようですが、国と言われるとこの村から近くたまに金物を売りにくるジルニルスと大陸中に名が知れ渡るエストニアしか分かりません」
「それだけでも十分に価値ある情報ですよ」
ミリアムが丁寧に頭を下げると、サンソンも恐縮したように深く頷いた。
その頃、マリーが鶏を煮込んだスープを運んできた。
家禽として飼われていた鶏を絞めて出すというのは、卵という貴重な資源を手放すことでもあり、農村においてはかなりのもてなしだ。
ミリアムは農村出身ではないし、魔術師というどこか世間との感覚にズレが生じやすい職業だったのでそのことについては気づかなかったが感謝の気持ちはとても伝わってきたので痛く喜んでいた。
リリもミリアムと考えていることは同じだったが、テーナだけはこの鶏を絞めた意味を分かっていた。
実はテーナは自身の主ミリアムに礼金を包まずに自身が調べようと思えば簡単に調べられる情報のみを渡されたことで返礼とされたことに不満をもっていたが、サンソンの村の貴重な資源を減らしてまで歓待しようというミリアムに対してとても敬意が籠もった対応に気を良くした。
「いただきます」
ミリアムは早速、冷めない内にスープをいただこうと一口すすると、目を見開いた。
「……っ、これは……」
リリとテーナもミリアムと同じことに気づき、互いに目を見合わせた。
「どうかしましたか? お口に合いませんでしたか。すぐ作り直させますので」
サンソンが焦り、席から急いで立ち上がるとマリーに下げるように言う。
「いや、スープの味じゃないんです。この中に濃縮魔力の気配がある。これで原因がようやく見えました」
「濃縮魔力? 一体何の話をされているのですか?」
サンソンは聞いたことのない単語に困惑していたが、ミリアムは真剣な顔でマリーに尋ねた。
「このスープに使った水は、どこから?」
「えっと……いつも通り村の川からです。井戸のすぐ横で汲んだ水です」
「その川の源流は?」
「南の山岳から流れてくる水ですよ」
矢継ぎ早に尋ねるミリアムにマリーも困惑しながらも的確に答える。
「やはり……。この水には、濃い魔力が混ざっている。おそらく山岳に、自然由来ではない魔力の汚染源がある……」
本来魔力は自然界にも薄く漂っていて、一定以上の魔術を使わない限りは人体に害がある濃縮魔力は生まれないということを知っているミリアムはこの結論を出した。
そして、ミリアムは一つ念のため確認しておきたいことを思い出したように尋ねた。
「先に聞いておきますが……あなた方、村人は魔術を使うことは出来ますか?」
サンソンは苦笑を漏らし、即座に首を振る。
「魔術ですか? とんでもない。私たちのような農民が使えるわけがありません。魔術は、貴族様やあるいはエルフのような特別な種族が使うものです。普通の人間には縁のない力ですよ」
ミリアムは静かに頷いた。
「そうですか。説明が遅くなって申し訳ない。簡単に説明するとこの村の病はこの川の水に含まれる魔力が体内で悪さをしてあの症状が出ていたのです」
サンソンたちが話においてけぼりになっていたので分かりやすいように説明する。
「な、なんてこと! 私は……そんな危ない水を」
マリーが顔を青くして立ち上がり、ミリアムに深々と頭を下げた。
「申し訳ありません! そんな、そんな危ないものを恩人の方々に飲ませてしまうなんて!」
「落ち着いてください、マリーさん」
ミリアムは苦笑を浮かべながら、やんわりとマリーを制した。
「僕たちは魔術師です。魔力なら中和できますし、摂取した程度では何の問題もありません。だから、気に病まないでください」
そう言って一呼吸置いたミリアムは、やや表情を引き締めて続けた。
「ですが、この水は使ってはいけません。今すぐにです。たった二日三日飲んだ程度では症状は出ないでしょう。でも……長く飲み続ければ、また同じ病が村を襲います」
「水が使えない……?」
サンソンの顔から血の気が引いていく。肩を落とし、両手で頭を抱える。
「それでは……それではこの村は……!」
その横で、サンソンの娘アンリも、両手を強く握りしめていた。大人たちの会話を理解しているのか、小さな顔は不安に染まっていた。
だがミリアムが彼らを見捨てようとする訳がなかった。
「心配しないでください。僕たちの拠点に案内します」
「えっ……?」
「そこには安全な水もあります。食料も、寝床も。もしよければ、皆さんでしばらく避難してきてください。あなた方の命を救うために、できる限りのことをしたいんです」
その言葉に村をまとめる立場であるサンソンは目を見開いていた。
しかし、そのとき。テーナがすっと近づき、ミリアムの耳元に小声で囁いた。
「ミリアム様。僭越ながら申し上げます。私は、貴方の判断に異を唱えるつもりはございません。ただミレニアムに、外部の人間を招き入れるのはあまりにもリスクが大きすぎます」
その声音は普段の落ち着いた調子のままだったが、その奥には、強い忠誠心と切迫した不安が見え隠れしていた。
ミリアムはテーナの不安を分かった上で説得する。
「お願いだ。魔導大戦で魔力に蝕まれて死んでいった人たちがよぎるんだよ、頼む僕に彼らを助けさせてくれ」
ここまで言われればテーナは引き下がるしかなかった。
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