第34話【再検証】
夜が更けて、翌朝。
今日は、警視庁の鑑識課が現場検証の為に臨場する予定となっていた。
「柏原、鑑識が来るのは何時だ?」
「ん? 9時ごろだったかな」
「首飾りが盗まれたにしては、ずいぶんとゆっくりなんだな」
「盗まれた、とはいってもそれが本当に盗まれたのか、今は一条さんの推理でしかありませんからね、仕方ないです」
湊の皮肉に対して、横溝刑事が皮肉で返した。
それに対して、湊は横目で見たが、特に返すことはしなかった。
「とりあえず、鑑識が来る前に状況を整理しよう」
「分かったわ」
そう言って、湊と旦陽、横溝刑事の三人は揃って警備室へと移動した。
移動している最中は、特に誰も口を開かずに黙々と移動し、警備室へと着いた。
「まず、状況を整理しよう」
湊が状況を整理しながら、理沙がホワイトボードに予告状が届いてからの状況を箇条書きに書き連ねていった。
「まず、予告状が届いたのは、一昨日の午前4時。監視カメラを確認したところ、午前3時32分頃に映像の乱れがあった。恐らく、その前後に予告状が届いたと考えるべきだろう」
「そうね。それに続いて、昨日の21時30分を回った頃、展示室Aの警報装置が発報した。けれど、展示ケースに異常は見受けられなかった」
「ああ。そしてその後に、”黒薔薇の首飾り”が偽物であることが判明した」
キュッキュッという音とともに、ツラツラと書いていき、『偽物』という言葉で締めくくられていた。
「しかし、実際に偽物かどうかは、検証してみないことにはなんとも言えないと思います」
「その通りだ。だが、横溝刑事。君は、なぜそこまであの首飾りが偽物かどうかに拘るんだ?」
湊の鋭い眼光が、横溝刑事を捕らえた。1
予想外の問いかけだったのか、横溝刑事はたどたどしく答えた。
「そ、それは、私だって刑事ですから。それが本物なのか偽物なのか、確認する義務があります」
「ふむ、確かにな」
湊はそう言うと、視線をデスクに移した。
デスクの上には、いくつかの資料が置いてあった。
その中から、1枚の館内図を取り出して、ホワイトボードに貼り付けた。
「湊さん、それは?」
起きてきたのか、理沙が湊の隣に立っていた。
「これは、監視カメラの位置が書かれた館内図だ。これを見ながら、再度確認していこう」
湊は、展示室Aの中央にある展示台を指し、その周囲に描かれたカメラ配置をマーカーでなぞった。
「ここがCカメラ。展示ケースの正面を捉えるカメラで、映像が消失していたのはこのカメラだけだった。他のA・B・D・E・F・G・Hカメラは正常だったが、ここはすでに確認済みだな」
「ああ、そうだったな」
旦陽が頷く。湊はそれに返すように、続けて展示台そのものの位置を丸で囲んだ。
「Cカメラの視界が消えたタイミング、それに反応したセンサーの位置、そして職員と警備の導線……どれも、それぞれは断片的な要素だ。だが、それらがどう交差していたかを見ることで、全体像が見えてくるはずだ」
「つまり、“どこを消せば”“何が見えなくなるのか”を犯人は正確に把握していた、というわけね」
「そうだ。だがそれだけじゃない。重要なのは、目の錯覚や心理的な誘導――“見えたもの”ではなく、“見えなかったこと”の意味だ」
湊は赤いマーカーでCカメラの視点を示す線を引きながら、そこに小さく「死角」と書き加えた。
「一見して死角は存在しないように見えた展示室に、たった数秒の“視えない空間”が生まれた。その短さこそが逆に信用を生み、“見逃し”を生んだ」
「……それを計算した上で、首飾りをすり替えたってことか」
「ああ。そしてその準備は、前夜――いや、もっと前から始まっていたと考えるのが妥当だろう」
静かに、館内図の上に新たな疑念が浮かびはじめた。
「ですが、その死角が生まれたところで、結局盗まれていなかったんですよね? それじゃあ、意味がなかったんじゃ……」
理沙の疑問はもっともだ。
センサーが発報した段階で、全員が展示室Aにいた。
確かに非常灯以外の照明が消えている上に、皆既月食だったこともあり、非常に暗かったのは確かだが、発報があったと連絡が来た時点で、全員が一斉に展示台を見ている。
「……ふむ、現時点ではまだなんとも言えないな。とりあえず、もう一度展示室Aに戻って確認してみるか」
「湊、そろそろ鑑識が到着する時間よ」
旦陽がそう言うと、確かに時計は9時10分前を指していた。
「私と横溝刑事は、鑑識を出迎えに正面玄関まで行ってくるわ。湊はどうする?」
「俺は、予定通り展示室Aに向かう。そこで落ち合おう」
「分かったわ」
湊と理沙は、数名の捜査2課の刑事を連れて、展示室Aに向かい、旦陽と横溝刑事は鑑識を出迎えに正面玄関へと向かった。
*
「春先だというのに、まだまだ寒いですね」
「そうね……」
寒い、といいつつも横溝刑事からは白い吐息が出ていなかった。
しかし、寒がっているようで、手をこすっていた。
「あ、来ましたよ」
横溝刑事が指を指すと、遠くからパトカーと警視庁と書かれたバンが、連なって美術館に現れた。
「お待ちしていました、警視庁刑事部捜査1課第6係の柏原です」
「警視庁刑事部捜査2課第3係の横溝です」
「お疲れ様です、鑑識課長の南元です。現場はどちらでしょうか」
「こちらです、案内します」
横溝刑事が、鑑識課員数名を引き連れて、展示室Aへと向かっていった。
旦陽は、残った鑑識課員数名と南元課長と共に、警備室へと向かった。
*
旦陽が警備室のドアを開けると、ソファには丹下会長が腰掛けて待機していた。
「丹下会長、いらしていたんですか」
「柏原警部補、こちらは」
「丹下義文会長です。丹下会長、こちらは警視庁刑事部鑑識課の南元課長です」
「おお、これはこれは。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
丹下会長と南元鑑識課長は、ガッチリと握手を交わし、監視カメラの方を向き直った。
「こちらが、例の監視カメラですね」
「ええ。どうやら、映像が消えているようで、復元できますか?」
「やってみましょう。君、アレを」
「はっ」
鑑識課員は、テキパキと監視カメラの映像復旧作業に取りかかった。
*
それから少し時間を遡り、展示室Aでは、湊が理沙、捜査2課の刑事たちとともに、現場検証を行っていた。
「一条探偵、死角となりそうな部分はありませんね」
「……そのようだな」
「8箇所に設置された監視カメラが、それぞれがそれぞれの死角を補い合うように設置されていますから、死角が発生しづらいですね」
グルッと見回すと、確かにその通りだった。
監視カメラは必ず対角線になるように設置されており、全てのカメラが中央の展示台に向いていた。
「でも、カメラの下は死角になるんじゃないですか?」
「いや、それはないよ。ここに設置されているカメラは、その全てが全方位カメラなんだ」
「全方位カメラ……」
「一条さん、鑑識が到着しました。一旦、鑑識に引き継いでください」
捜査2課の刑事と話していると、横溝刑事が鑑識課課員を連れて展示室Aに現れた。
「ああ、わかった」
横溝刑事の言葉に促されて湊たちは展示室から出て、鑑識課員に任せることにした。
「……」
「どうしたんですか、湊さん?」
「いや、全方位カメラ、というのが少し気になってな」
「そういえば、全方位カメラって何ですか?」
「全方位カメラというのはその名の通り、全方位を映し出すことができるカメラだ。死角が出来るところまでカバー出来ることから、現在では監視カメラなどに採用されている。コンビニや銀行の入口や店内に設置されている例も最近は見かけるな」
湊たちが話している間も、鑑識課員たちは、黙々と作業を進めていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます