第35話【鑑識の眼】
鑑識課員が、黙々と作業を進める中、湊たちは一旦屋上へと向かった。
先日の皆既月食の時に特別開放されていたエリアだ。
屋上に辿り着くと、そこには旦陽と鑑識がいた。
「柏原……」
「ん? ああ、湊。君も来たのか」
「ああ。展示室は鑑識が作業を行っているからな。それより、お前もいたんだな。警備室にいるんだとばかり思っていた」
「警備室の例のカメラは、鑑識課長が直々に調べているわ。私たちはその間、別の場所を確認しに来たの」
旦陽が向き直ると、そこでも鑑識課員が黙々と作業をしていた。
皆既月食があったあの日、この屋上階と一つ下の3階には、かなりの人数がいた。
つまり、仮に不審者がいたとしても、その中から見つけ出すのは不可能に近い。
「皆さん、お疲れ様です。少し、休憩なされてはいかがですかな?」
湊が考えに耽っていると、丹下会長がわざわざペットボトルを持って現れた。
ペットボトルには水が入っているのか、無色透明の液体が入っている。
「丹下会長、お心遣い感謝します。しかし、これは私たちの仕事。気にしないでください」
「ほっほっほ。そういうわけにもいかん。君たちは、儂にとって大切な手ご……いや、仲間じゃ。倒れられては困るからのう」
そう言うと、ペットボトルを渡してきた。
屋上にいる鑑識課員全員分があるのか、相当な数を抱えていた。
「そうですか……、分かりました。みんな、一旦休憩しよう」
旦陽がそう言うと、黙々と作業をしていた鑑識課員が続々と顔を上げて、丹下会長が準備してくれた水に手を伸ばし、ゴクゴクと飲み始めた。
「丹下会長、わざわざありがとうございます。丹下財閥の会長がこうして差し入れを持ってきてくださるのは、きっと現場の指揮も上がることでしょう」
「ほっほっほ。そう言ってくださると儂も嬉しいわい」
「丹下会長、それよりお聞きしたいことがあります。よろしいですか?」
旦陽と丹下会長とのやりとりに、湊が割って入った。
「うむ、話を聞こうか」
「丹下会長、Fカメラのことです。なぜ、あのカメラだけダミーカメラをつけていたのですか? あそこの監視カメラは、全てが全方位カメラでした。あのカメラだけ通常のCCTVカメラである必要性を感じません」
「あの、柏原さん」
「どうしたの?」
「CCTVカメラって何ですか?」
理沙が小声で旦陽に質問してきたので、旦陽は簡単にCCTVカメラについて解説をした。
CCTVカメラとは、Closed-Circuit Television Cameraの略称であり、防犯カメラ、または監視カメラのことを言う。
「全方位カメラとは違うんですか?」
「いいえ、厳密には用途が違うだけで、形としては同じ分類よ。たとえば、ドーム型カメラっていうのがあるんだけど、これは天井に取り付けられて、広い範囲を見渡せるタイプ。いわゆる“全方位カメラ”って呼ばれるのは、これの一種ね。もう一つはバレット型カメラっていって、いわゆる細長い筒状の形をした、見た目にも“監視カメラっぽい”やつ。銀行や駅、店舗の入口なんかでよく見かけるわね」
旦陽の説明に対して、理沙が「なるほど」とメモ帳にメモを取っていた。
一生懸命メモを取る姿は、初々しさを感じる。
「ふむ」
「あのダミーカメラは、会長の案だと聞きました。なぜ、わざわざ全方位カメラではなく、固定型の小型カメラにしたのですか?」
「すまんのう、覚えておらんわ」
「そうですか」
「うむ、申し訳ないのう」
湊に反応するように、丹下会長は頭を下げた。
その後、遅れてやってきた秘書に連れられて、丹下会長は屋上階を後にした。
「……柏原、どう思う」
「ん? ああ、丹下会長ももうお歳だからね。覚えて無くても問題はないんじゃない?」
「……疑い出すと、どいつもこいつも怪しく思えてくるな」
「疑うのが探偵の仕事とはいえ、難儀なものね」
湊の発言に、旦陽は肩をすくめた。
そんなやりとりをしていると、一人の鑑識課員が湊たちの元へ小走りでやってきた。
「柏原警部補、ちょっと気になるものが」
「気になるもの?」
旦陽と湊は顔を見合わせたあと、鑑識課員に連れられて気になるものがあるところへと向かった。
日差しに照らされていてよく見えなかったが、そこにはロープをこすったような痕が残っていた。
「これは、ロープの痕か?」
「この位置は……正面玄関の真上……」
ロープ痕が残されていたのは、美術館正面玄関の真上にあたる角であった。
「柏原警部補! ちょっと」
別の鑑識課員に呼ばれて向かった場所には、何かモノを置いたような痕が薄らと残っていた。
「円形状の何かを置いていた痕が」
「円形状の何かとロープ痕の残る縁、か」
「そういえば、一瞬だけ外にあるカメラの画像が乱れた時間帯があると言っていたな」
「そうね」
「そのカメラの位置は?」
「美術館の真正面にある……確かあのカメラです」
鑑識課員が指を指した方向には、バレット型のカメラが街灯にくくりつけられていた。
「……あのカメラの痕跡は調べたのか?」
「いえ、まだです」
「それなら、すぐに調べた方がいいわね。何人かであのカメラのチェックを」
「はっ!」
旦陽の指示で、監視カメラのチェックに何人かで向かった。
屋上には、若干名の鑑識課員と旦陽、湊、理沙が残された。
「俺の推理ではこうだ」
湊が簡単な推理を披露し始めた。
「円柱状の何かは、恐らく支えだ。そこにロープを括り付け、正面玄関の真上に当たる位置まで移動。そしてそこから下へ降り、予告状を置いた……」
「そんなことをする意味は?」
「痕跡を隠すためだ。昨日は皆既月食があった。皆既月食や流星群の時などに、この美術館が屋上階を開放することを知っていた”ファントム・ネピア”は、敢えて屋上に痕跡を残した」
「痕跡を隠すために痕跡を残したんですか?」
「ああ、そうだ」
理沙の言葉に、湊が相づちを打った。
一見矛盾しているように見えるこの推理だが、湊は一つの仮説に行き着いていた。
「多くの人がこの屋上階に足を踏み入れれば、痕跡が消えると考えたんだ。つまり、もっと正確に言うなれば、”痕跡を残した”のではなく”痕跡を消す必要がなかった”んだ」
「なるほど……その発想はなかったわ。けれど、その痕跡は完璧には消せなかった……」
「ああ。屋上にあるこの円柱状の痕跡は消せていた”ハズ”だった。正面玄関の真上に当たる縁のロープが擦れた痕は、どうとでも説明がつく。だが……」
「美術館の屋上に、円柱状の痕跡があることに説明はつかない、ということね」
旦陽の言葉に、湊は頷いた。
確かに、縁の痕についてはどうとでも説明がつく。それこそ、垂れ幕を垂らすために痕がついてしまった、という説明で誰もが納得するだろう。しかし、こと円柱状の痕跡となれば別だ。
縁の痕跡から離れた位置に、不自然に残っている円柱状の痕跡。これの説明をしろ、と言われても相当に難しいだろう。
「柏原警部補、先ほどの正面にある監視カメラですが、何かフィルターのようなものを取り付けられていた形跡がありました」
「フィルター?」
「はい」
「フィルターそのものは残っていなかったの?」
「残念ながら、それは持ち去られていました」
ここに来て、鑑識が新たな証拠を持ってきた。
監視カメラに取り付けられていたフィルターの痕跡。
ある意味では、これこそが湊の推理が正しいことを証明する決定的な証拠であると言えた。
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