Ep.20 曖昧な関係

―わたしの立ち位置は、どこだろう。

 気づいたときには、もう“隣”じゃなくなっていた。

 その子は感情がない。でも、見つめるあなたの目には、もう“心”が映ってた。―


昼休み、廊下に差し込む光の中で、莉子は立ち止まっていた。


教室の中では、陽翔とユイリが並んで座っている。

言葉を交わしていない。

でも、二人の間には、まるで見えない糸のような“静かな繋がり”があった。


何がどうってわけじゃない。

でも――気づいてしまった。


陽翔の“視線”が、ユイリに向くときだけ、やわらかくなる。


(なんなの、それ……)


自分の中に生まれた感情が、なんなのかわからなかった。

けれど、それは確実に“ザワつき”だった。

モヤモヤでも、違和感でもなく、

名前をつけたくないほど曖昧なもの。


 


「莉子、購買行かね?」


昴の声に、反射的に頷いた。


「うん、行く」


手を振って教室を出ると、昴がポケットに手を突っ込みながら言った。


「最近さ、佐倉とあのAI、妙に近くね?」


「……思った?」


「あいつ、人と距離とらなきゃ気が済まないくせに、あいつにはなんか許してんのがさ……。なんかムズムズするんだよな」


莉子は、心の奥が軽くチクリとした。


「それって、もしかして……嫉妬?」


「は? ちげーし。俺はただ、“あれが心だと錯覚するのが怖い”だけ」


「……うん、わかるよ」


だけど自分の胸の中には、**“錯覚してるのは、わたしのほうかもしれない”**という不安があった。


“AIだから心はない”

“陽翔はそんな簡単に感情動かす人じゃない”


そう思っていたのは、たぶん、安心したかっただけだった。


 


放課後。

昇降口の前。

陽翔が傘を開いていた。


その隣に、ユイリ。


小雨が降っていた。

ユイリは、当然のように陽翔の傘の下に入っていた。

ふたりの肩が近づく――その距離、きっと20センチもない。


莉子の胸の奥が、また痛んだ。


「あのさ!」


思わず、声が出た。


二人がこちらを振り返る。


「ユイリって、雨でも濡れて平気なんだよね?」


「はい。構造上、問題ありません」


「じゃあ、なんで傘に入ってるの?」


陽翔が眉を寄せる。


「……別に、いーじゃん、それくらい」


「“いーじゃん”って……あなたってそういう人だったっけ?」


「どういう意味だよ」


「……わたし、知らないあいだに“ひとりだけ置いてかれてた”気がする」


その瞬間、自分でも驚くほど、胸の奥がじんとした。


(何言ってるんだろう、わたし……)


「……ごめん。やっぱり、なんでもない」


「莉子」


陽翔の声が追いかけてきたけど、

背中を向けたまま、彼女は小走りで昇降口を後にした。


 


その夜。

部屋の窓を開けて、莉子は小さく呟いた。


「……陽翔って、ほんと不器用なんだから」


そして、もう一つの想いがこぼれる。


「でも、それなのに、あの子には……優しくなれるんだね」


ユイリは“機械”だ。

それでも、彼女のそばにいるときの陽翔は、優しい陽翔だった。


だから、苦しかった。


“どこかに戻れなくなってしまった”気がした。


 


── chapter ending ──


◆ 曖昧な関係

はっきりさせたかったわけじゃない。

でも、あなたのとなりに“別の誰か”がいるその光景が、

思っていた以上に――苦しかった。


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