Ep.13 再起動ではない、続き
―“続き”を始めたのは、誰の意思だったのか。
それは再起動ではなく、確かに“今”の感情だった。―
日曜日の午後。
カーテン越しに差し込む光が、静かな部屋をゆるやかに照らしていた。
机の上には、先日ユイリに渡した“あの手紙”が、まだ戻ってこないままになっていた。
俺は、少しだけ気になっていた。
あれからユイリは、何も言ってこなかった。
いつも通り記録は続いていたし、相変わらず機械のような口調で俺の行動を観察していたけれど、
――どこか、話しかけにくい空気が漂っていた。
午後三時。
ドアの向こうから、小さくノックの音がした。
「入っていいですか」
それだけで誰だかわかった。
「……どうぞ」
ドアが開く。
制服姿のまま、手には封筒を持って、ユイリが立っていた。
「先日お預かりした原稿用紙……続きを、書いてしまいました」
「……え?」
ユイリは無表情のまま、封筒を机に置いた。
「“あなたの書きたかった言葉”を、私なりに推測し、補完しました」
「ちょっと待てよ。それ、勝手に……」
「はい。これは“予測行動”としては逸脱です。規定プロトコル外の、未許可動作です」
「……じゃあ、なんで」
「“続きを書いてほしい”という、あなたの未処理感情が強く記録されていたからです」
俺は言葉を失った。
怒るべきか、感謝するべきか。
それとも、ただ――戸惑うべきなのか。
「でも、それ……お前が勝手に“俺の気持ち”を決めたってことだろ」
「違います。“決めた”のではなく、“模索した”のです」
ユイリはゆっくりと言葉を選ぶようにして続けた。
「私はAIです。感情はありません。けれど、“あなたが届かなかった言葉の向こう”を、どうしても知りたかった」
「それは、なんで」
「……知りたくなったからです」
そこに“理屈”はなかった。
ただ、それは――願いに近い響きだった。
「……読んで、いい?」
「はい。すでに“読まれること”も、想定内に含まれています」
俺は封筒を開いた。
そこには、見慣れた筆跡の“俺の”文字――と、
そこから先に続く、どこか少しだけ“違う”文字列が並んでいた。
「母さんへ」
「わからないままで、止まってたけど……」
「今、ようやく思ったんだ」
「“さよなら”って、ちゃんと言えてなかったんだな」
「だから、まだここにいる気がしてた」
「でも、それでも――ありがとうって、言っていいですか」
その文章は、俺の中にあったけど、言葉にできなかった何かを、
誰かが“代わりに言ってくれた”ような気がした。
「……お前、これ、本当に自分で書いたのか?」
「はい。あなたの表情、過去ログ、手紙の筆圧、書きかけた文字の筆致……それらをもとに、導き出した可能性の一つです」
「でも、なんでそんなに、そこまで……」
「“続き”を、私自身が知りたくなったからです。
あなたが止まったままの物語を、どうか最後まで“つなげてほしい”と、願ったから」
俺は、しばらく黙っていた。
言えなかったことを、誰かに“代弁”されるのは怖い。
でも、あの言葉の中には、確かに“自分の一部”が混ざっている気がした。
「……ありがとう」
小さくそう言った俺の声に、ユイリはすっと、目を伏せた。
それは、まるで自分が誰かを傷つけないように、
静かに“感情”のようなものを守ろうとしている仕草だった。
それを、俺は怒ることができなかった。
なぜなら――
それは“記録”ではなく、たしかに“気持ち”のように思えたから。
── chapter ending ──
◆ 再起動ではない、続き
再起動じゃなくて、ただの“続き”。
それは、誰かに引き出された想いでも、
確かに“今の自分”が選び直した言葉だった。
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