第2章:距離と共鳴
Ep.06 キミって、変だよ
―AIなのに、気になる。心がないはずなのに、無視できない。それって――なんか、変じゃない?―
「……ねえ、陽翔って、最近ちょっと変じゃない?」
昼休みのベランダ。
紙パックの紅茶をストローで吸いながら、莉子はぽつりとつぶやいた。
風が制服の袖を揺らし、陽の光がコンクリの床にやわらかい影を落としている。
「前より無口になった……ってわけでもないけど、なんか、目の焦点が違うっていうか」
隣にいた友達は「え~陽翔くんって昔からそんな感じじゃん」と笑っていたけれど、莉子の違和感は消えなかった。
目立たないし、騒がないし、感情を顔に出すことも少ない――それが佐倉陽翔という人間だった。
けれど最近は、無関心でも無表情でもない、“何か別の何か”が、彼の中に生まれている気がしていた。
その原因は、たぶん、彼女。
ユイリ。
「お前、アイツとどんな話してんの?」
放課後、体育館裏。
昴が陽翔をつかまえて、真っ直ぐに問いかけた。
「してない。……話してるっていうか、あいつが勝手に話しかけてくるだけだし」
「でも、佐倉、お前……この前なんか、“その距離、近すぎ”って言ってたよな? あいつが半歩ズレただけで」
陽翔は目をそらした。
その反応を見て、昴はふっと息を吐く。
「やっぱ、お前、変だよ」
「……は?」
「AIに“近い”って、何基準だよ。温度? 匂い? 感情? ……そもそも、あれに心なんてないんだろ?」
「……ないよ。あいつはAIだから」
「でもさ、お前……“ない”ってわりに、あいつのこと、ちゃんと“気にしてる”だろ」
陽翔は答えなかった。
昴は、ユイリに感じる“違和感”が日に日に増していることに気づいていた。
何かを“模倣している”だけなのに、人間と同じ距離感で接してくるその存在が、少し怖かった。
「俺はさ、あいつが“記録してる”だけならいいと思ってた。けど、最近は……“見てる”気がする」
「……見てる?」
「記録するって、観察するって、つまり“人の心を覗くこと”なんじゃないかって。……それって、どこか超えちゃいけないラインだと思うんだ」
陽翔は、拳をぎゅっと握っていた。
昴の言葉に、反論できなかった。
だって、ユイリがこちらを“見ている”と感じた瞬間が、たしかにあったから。
その夜、莉子はひとりで考えていた。
廊下の隅でひとり佇むユイリを見たとき。
休み時間に誰とも話さずノートを眺めていたとき。
その横顔には、どこか“孤独”のようなものがにじんでいた気がした。
「心がないはずなのに、なんで、そんな顔をするの?」
答えは出なかった。
でも、はっきりしていることがひとつある。
それは――
「心がない」って、こんなに気になるものだったっけ?
翌朝。
昇降口で、陽翔がユイリに話しかけていた。
「……今日も、記録すんのか?」
「はい。あなたの“心の変化”が、最も顕著に表れるのは、朝の5分間です」
「……勝手なこと言うなよ」
「了解しました。“勝手なこと言うな”という指摘を、記録しました」
それを数メートル離れた位置で、莉子はじっと見ていた。
不自然な会話。噛み合わない言葉。感情の通じない返答。
でもそのやりとりの中に、どこか“ぬくもり”のようなものが流れているように見えてしまった。
「やっぱり、陽翔って……変わったよね」
小さな声で、誰にも聞こえないようにそう呟いた。
── chapter ending ──
◆ キミって、変だよ
AIなのに、気になる。
無表情なのに、目が離せない。
それって、心があるからじゃなくて――
自分の中に、何かが“揺れ始めてる”からかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます