この恋を誰か終わらせてくれ、できればハッピーに

翌日、集中力抜群で仕事を片付けていく。

部下の若宮が『今日の内田さんは真面目』と社内チャットしていた。


全部バレてることに気づかないあたり、若宮は亜子ちゃんに似ている。



「えー!!

若宮、来週田原さんと牡蠣食べにいくの?!

私も行きたいんだけど!!合コンくんでよ!」



相変わらず大きい声で楽しそうにする茅乃かやの


いつも通り目を見て笑いかけると、茅乃は手を合わせ、おちゃらけて謝ってきた。



山田茅乃といえば一時期は社員全員が知ってる超絶キャリアウーマンだった。

俺と茅乃は同期で、当時はよく競わされた。


そんなスーパーウーマンでも、今は婚活に勤しんでる。

……このくらいの女性はみんな婚活するのか?



そんなことを考えていると、茅乃に顔の前で手を振られる。


慌ててそらすが、ニヤニヤしながら俺の方に話しかけてくる。



「内田、今日機嫌悪いね」



隣にいた若宮がえっ、と俺の方を見る。


茅乃の手前に座る和馬かずまも普段めちゃくちゃ静かだが、顔を上げて俺を見た。



「機嫌悪くないよ?」


「彼女となんかあった?

あれ、いまフリーだっけ?」


「今の発言全部セクハラだからホットラインに書いとくわ。

若宮、和馬、証人よろしくね」



茅乃は笑いながら仕事に戻る。


俺はその日、残っていた書類を全部片付ける。

残業したせいで茅乃と二人きりになった。



「……茅乃、」


「んー?」


「さっきのセクハラの仕返しで聞くけど、婚活アプリで会った人って、良い人多い?」



妙な沈黙が流れて、茅乃の方を見るとニヤニヤしていた。

……聞く相手をミスった。



「内田も婚活始めるの?」


「うるさい、俺はアプリとかしたことないから少し気になっただけ」



「内田よりいい男なんていないんじゃない」



客観的な話ね、とわざとらしく付け加えるから思わず笑ってしまった。



「そうか。

なら茅乃は俺と毎日会ってるから、なかなか婚活は難しいかもね」


「私は内田の魅力に気づかないまま働いてるから大丈夫だよ」



茅乃は「お先に」と、会社を跡にした。


◇◆


土曜日の昼前。

テレビを見ているとインターホンが鳴る。


扉を開けると、マスクをした亜子ちゃんが立っていた。



土曜日にお願いしてるのは亜子ちゃんと会うためだけど、言ったら気持ち悪いから言わない。



「おはよ、涼太くん」



目だけで笑って、冷蔵庫をためらいなく開ける。



「あ!おひたし美味しかったの?全部なくなってる!

追加で作っておこうか?それとも、切り干し系のがいい?」



たくさん喋る亜子ちゃんをこちらに向けて、マスクを外す。


口の端から頬にかけて、小さく出来たアザが生々しかった。



「誰にやられたの」


「だ、誰だっていいでしょ……、涼太くんには関係ない」


「関係あるよ。何年の付き合いだと思ってるの。

この間言ってたアプリの人?」


「……ちがう。

昨日、婚活パーティーで会った人」



亜子ちゃんの口元のアザを見て色々な感情が湧き出たけど、とりあえず全部押しやって、俺は冷凍室から保冷剤を取り出した。



「き、昨日たくさん冷やしたよ!」


「連絡先は?そいつの。

パーティーの後はほぼ強制的に交換するシステムだって、前にたしか言ってたよね。

写真は撮ってないの?知り合いの弁護士に連絡する」


「い、良いよ、そこまでしないで」


「良くないでしょ」



「ほっといて、大丈夫だからっ!!」



泣きそうな亜子ちゃんを見て、俺はハッとして抱きしめる。


こっちが先だった、間違えた。



亜子ちゃんは俺の腰に手を回すこともしないけど、拒むこともしなかった。



「怖かったね。助けてあげられなくてごめん」


「なんで涼太くんが、」




婚活なんて辞めればいいのに。



そんな言葉が喉まで出かかって、諦めるように飲み込んだ。



今はそういうタイミングじゃない。


亜子ちゃんに負担をかけるタイミングじゃない。


もう一日経ってるし、と亜子ちゃんは持ってきているエプロンを付ける。


俺はその光景と、片付いていく部屋を見ながら新作のゲームを遊ぶ。



「あ!それって、ロベルタバトルオブシックスセンス?!」


「え、亜子ちゃんがゲームのタイトル知ってるの珍しい。

うちの会社が5月に出したやつね。

人気すぎて、もう2の制作始まってる」


あ、社外秘だった。

まあ良いか。どうせ大して興味ないだろう。


そう思ってスタートボタンを押してから、俺の中で嫌な予感がする。



それとなくゲームを止めて亜子ちゃんを見ると、心なしか焦ってるように見える。



「な、なに……?」


「……掘り返して申し訳ないけど、さっきの怪我は婚活パーティーの時って言ったよね」


「……うん」



「アプリの人はどうだったの?」



沈黙が流れる。


俺は床に散らばった酒の缶を拾う亜子ちゃんを下から見上げて笑う。



「ロベルタバトルオブシックスセンス、なんていう、ながーいタイトルをどこで覚えたのかな」



嘘がつけない瞳が好きだ。


分かりやすいところも、全部。



その表情を見た時に、傷つくよりも愛しいが勝るようになっている。




「……そのアプリの人がずーっと、そのゲームの話するから……覚えちゃって」


「二人でプレイしたの?家で」


赤くなって顔を振る亜子ちゃん。

そして、缶拾いを続行する。


「一時間くらいで解散したよ。

……てゆうか!うまくいってたら、その翌々日に婚活パーティー行かないでしょ!」


「たしかに。

そういうところ、誠実だもんね」



彼氏ができたり、良い感じの人が現れるたび、食事の同席やうちに泊まるのを拒否するところも、付き合っても浮気しないんだろうなって思わせる。


まあ、そんなこと、ずっと前から知ってるけど。



「もうー。

なんでこんなに缶散らばってるの……。どんだけ飲んだの」


「たくさん」


「……嫌なことあったの?」



心配そうに俺のことを見てくる。


俺はもう一度、亜子ちゃんに近寄って、少しだけ顔を俺に向けさせる。


じっと見つめると赤くなる頬。

だけど昔よりも焦りは感じない。



「亜子ちゃんが、アプリで男と会ったりするから」


「はぁー……。からかわないでよ……。

自分の顔面が私好みなの忘れないで!」




全部知ってるよ、からかってないよ。


亜子ちゃんに嘘なんて、秘密なんて、一つもないよ。



「まだ俺の顔好きなんだ、よかった」


「涼太くんのせいでイケメンに慣れちゃって、婚活うまくいかないのかもしれないっ」



俺が理由で他の男が見つからないなら、もうずっと、こうやって二人でいられたらいいのに。



そんなこと言えるわけがないから俺はまた、からかって笑ったふりをしてゲームに戻る。



**


この気持ちの言い訳をあと何度考えるんだろう







2021.07.06

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