タイミングの片付け方
斗花
言い訳だって分かってるけど、分かった頃には遅かった
久々に見かけた伊達に俺は声をかけると、心なしか嬉しそうにした。
「涼太。久しぶりだな」
「伊達、今日出社してたの?」
「ああ。
あいつの母親が来てるのと、諸々ハンコが必要な書類があってな」
あいつ、というのは伊達の奥さんのことである。
大学時代、伊達は大学の後輩で俺のバイト先によく遊びに来ていたから、彼女のこともよく知っている。
なんだかんだで10年来の友人だ。
「久々だし、一緒にランチする?」
俺が誘うと、時計を少し確認して頷いた。
12:00を過ぎたあたりで鳴り止まなくなる俺の社用携帯を見て、ため息をつきながら笑う。
「相変わらずモテるな、涼太は」
「営業の時は外回り多かったから、こんなじゃなかったんだけどね。
本社戻ってきたら、こんなことになっちゃった」
ランチの誘いが羅列する社内チャットを伊達に見せる。
その中に、伊達の後輩が居たらしく少し頭を抱えた。
「新卒の頃から大切に育てた後輩も、涼太の魔の手に引っかかってる……」
「人聞きわるっ!
俺、誰にも手出してないから!」
スマホにメモ登録してある『今日はごめんね、またちゃんと予定決めた日にランチしよう』の文章をコピーして、丁寧に一件ずつ貼り付けていく。
「……まあ、確かにお前は偉いよ。
なんだかんだでシカトもしないし、そもそも根が優しい」
オフィスから出て、そこそこ良い店に二人で入る。
「お前のところの長女の楓香ちゃん、あらゆる社員から『オアシス』って呼ばれてるぞ」
「マジで?誰も怒ってない?」
「なんかめちゃくちゃ空気読んで、さほど大きくない会議にしか姿を現さないらしいじゃん」
「そんなレアモンスターみたいな扱い……。
でも実際、許されそうなミーティングの時だけ部屋に入ってくるんだよな……」
伊達はエビチリを頼んだ。
俺は少し迷って、伊達がエビチリを頼んだのを見てチャーハンにすることにした。
「三人目はいつ生まれるの?」
「このまま順調にいけば2月とか3月くらいかな」
「初の早生まれ!」
黙って俺を見る伊達が気色悪くなり、スプーンを置いて見返すと、すっと目線を外した。
「やっぱ、お前はモテるわ。
友達の娘の誕生日覚えてるなんて」
「女の子の誕生日は年齢問わず覚えてるよ」
「ふざけんな、女として見るな、殴るぞ」
淡々と言う伊達からは、信じられない殺気を感じた。
俺は小さく頷いてチャーハンを食べ進める。
しばらく食べてから伊達は少し探るような目で俺を見る。
色々と察した俺は思わず笑ってしまった。
笑うのは癖だ。悲しい時も笑ってしまう。
「やっぱり恋はタイミングだね」
俺の言葉に伊達は小さく頷く。
小さい頷きだったけど、逆に深い意味に思えた。
「結局友達のままなのか?」
「なんか、婚活してるらしいよ。
今は陽さんのところの家事代行サービスで働いてるから、俺はそれをお願いしてる」
曖昧に頷いて口を閉じた伊達に、気づかないふりをして食事に戻った。
会社で仕事のできるモテ男の俺には二つ秘密がある。
まず一つ目が、今伊達に指摘されたこと。
俺にはかれこれ10年程、仲良くしすぎている女の子がいる。
何度も付き合うチャンスはあった。
でも、タイミングが合わなかった。
俺が一番暇だった学生時代後半、彼女は就活だった。
彼女の仕事が落ち着いた、その二年後。
俺は一年間、転勤した。
一年後に戻ってきたとき、彼女は他の男と付き合っていた。
やけくそで色んな女と遊んだ。
彼女はその後、男とは別れたが、俺が遊んでいたことは知っている。
そんな俺を見て、「私たち付き合うのは無理だったね」と言われたのが二年前。
過去形にされていたのが妙に刺さった。
彼女は気付けば今年で30歳。俺も31歳だ。
要領と運が悪い彼女は新卒入社した職場であまり上手くいかず、今は知り合いがやってる会社で働いている。
「俺って、自分の人生だけは下手なんだよな」
伊達は首を振って、俺の肩をポン、と叩いた。
◇◆
そして俺の、もう一つの秘密。
それは。
「ちょっ、涼太くん…!
どうやったらこんなに汚くなるの!!!」
俺がめちゃくちゃだらしない、ということだ。
「亜子ちゃん、今日終わるの遅くない?」
「だって汚すぎて……!
いま私、八つくらい家担当してるけど涼太くんがダントツで汚いよ?!
どうしたら3日でこうなるの!」
「あ、今日の夕飯、サバの味噌煮だー」
亜子ちゃん、とゆうのが中途半端な関係を続けた結果、友達に落ち着いてしまった女性だ。
「物が腐ってないだけ良いけど……。
……てゆうか、こんなんでどうやって暮らしてるの……」
会社で超絶人気の内田マネージャーは、家ではメチャクチャだらしないダメダメ男だ。
そもそも亜子ちゃんと仲良くなったのも、俺が大学の頃体調が悪くなった時、偶然家まで来た亜子ちゃんが俺の秘密を知ってしまったのがキッカケ。
こっちの秘密は10年来の友人の伊達でも知らない。
まあ伊達には言っても良いんだけど、家に呼ぶタイミングがなかった。
以来、家事が得意で人を放って置けない亜子ちゃんは俺の家に定期的に掃除や洗濯に来ていた。
俺も当時合鍵を渡していたが、一線を超えたことは結局一度もない。
からかうみたいにイチャイチャしても、俺の勇気の問題で、それ以上良くも悪くもならなかった。
そしてここ三年は仕事として、俺の家で家事をしている。
「八件も担当してるの?」
「そうだよ!いま大忙しなんだよ」
少し笑いながら食器をあらう亜子ちゃん。
俺の家に来た日は食事は一緒に取ろう、と誘ってる。
俺はシャワーを浴びて、亜子ちゃんが洗ってくれたジャージに着替え、席に着くと出来立ての食事が並べられていく。
亜子ちゃんは家事が一通り落ち着いたのか、エプロンを取って俺の前に座る。
今日着て行ったシャツも、会社で着ているジャケットも、昨日食べた夕食も、用意してくれてるのは亜子ちゃんだ。
「にしても週2で依頼してくるなんて。
涼太くん、お金持ちだよね」
「まあ、俺って金使わないからね。
なんなら亜子ちゃん来てくれた方が食事代も、電気代も、備品代も安くなってるし。
俺すぐ物なくすから」
それに、亜子ちゃんに会えるし。
10年前の俺はそんなことを言って、赤くなる亜子ちゃんに可愛いって笑えてたけど。
亜子ちゃんはもう、笑わない。
きっと「そういうのやめなさいっ!」って少しおどけてみせるだけだ。
好きだっていうのを冗談みたいに伝え続けたら、もう信じてもらえなくなっていた。
「これ食べたら帰るね」
「え?なんでよ。泊まっていけばいいじゃん」
昔はよく泊まっていた。
2人で亜子ちゃんが作ってくれたご飯を食べて、ゲームをしたり映画を見たりして、終電を過ぎた頃にわざと気付いたフリをしていた。
今はその頃のことを人質みたいに使って、こうやって誘ったりする。
この言葉は有効だ。
彼女の答えで、いまの恋愛事情を間接的に聞けるから。
「……今日は帰るよ」
「良い人できたの?」
「……あした、婚活アプリで知り合った人に会うの」
俺は出来るだけキラキラ笑う。
その笑顔を亜子ちゃんが好きだからって言うのと、笑った方が亜子ちゃんが気にしてくれるから。
「じゃあね、涼太くん。また土曜日にくるね。
冷蔵庫に作ったお惣菜あるから、適当に食べてね」
「うん。わかった」
ドアが閉まり切ったのを確認して俺はため息をつき、亜子ちゃんが変えてくれた新しいシーツのついたベッドにダイブした。
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