第5話


 翌日メリクはサンゴール北西のラキアにある、修道院へ向う馬車が用意されるまでの間に、一人王宮書庫室に立ち寄った。


 どうしてもあの一文が気になったのだ。

【闇に生まれて光放つもの】……何故かその一文にひどく心惹かれた。


 本はもう机には無い。

 しかし本の背表紙に印象的な紋があったのを覚えている。

 メリクは本棚を見上げながらそれを探した。

 しばらくウロウロしているとやがて部屋の壁に揃えるようにして立てられた一番奥の本棚の高い所にその本を見つけた。

 椅子を持って来たら届きそうだ。

 メリクがじっとそれを見上げていると、不意に部屋の扉が開く音がして、振り返ればそこから丁度リュティスが入って来る所だった。



 あの日以来の姿だった。



 リュティスは人の気配にすぐに気づき、深く被ったフードの奥から視線を上げる。

 メリクはその目と視線が合った瞬間、慌てて俯いていた。

 顔中が熱くなって、同時に心が怖さでいっぱいになる。


 一方リュティスはというと、そこにいたメリクにはそれ以上さして興味も持つ気も無かったのだろう、目的の文献を取ろうと本棚に歩み寄って来た時、今日この城を出るはずのメリクが何故こんな所に現われたのか――本棚の上の方を見上げていた姿から大体の察しはついた。

 リュティスは黙って的確に本を四冊ほど手にし、出て行こうとした。

 だが一度彼は立ち止まって、俯いたままのメリクの方へと、いつもの冷たい声を投げかけて来たのだった。



「何かあるのなら持って行け。その本棚のものなら私は全て諳んじている」



 それだけ言うと、リュティスは部屋の外へと去って行った。


 足音が聞こえなくなってから、メリクは椅子を持って来てその上に乗り、手を伸ばして本を手に取った。

 確かにあの一文が載った本だ。



 やがてアミアがメリクを呼びに来た。




 サンゴール王宮の大きな城門を抜け、なだらかな城下への坂道を下る馬車の中でアミアはサンゴールの街を指差しながら色々話してくれた。

 そのアミアの声をどこか遠くに聞きながら、メリクは自分はもう多分、二度とリュティスには会えないのだろうと何故かそう思っていた。


 あの大きな城門をくぐることも、もう無いかもしれない。

 自分がこの先どうなるのかも何一つ分からなかったが、その二つだけは強くそうなる気がしていた。

 そう思えば思う程、自然とあの本を抱える腕に無意識に力が籠っていた。


【闇に生まれて光放つもの】。


 リュティスのようだ、とメリクは思った。



◇    ◇    ◇



 遠ざかるサンゴール城の尖塔の鐘が鳴る。


 その時のメリクは二年後、再び自分が同じ道を馬車に揺られながら戻ることになることなど、見通すことは出来なかった。


 これがメリクとリュティスの最初の、――そして最後ではない別離となる。


 ……ただ今は、再会を願う言葉も知らないまま。


 メリクを乗せた馬車は晴天の道を遠ざかって行った。




【終】

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その翡翠き彷徨い【第8話 棘】 七海ポルカ @reeeeeen13

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