木陰〈初稿〉

花岡 紫苑

kokage

 さらさらと、風が流れていった。長く伸びる濃い緑色の草たちが、生気のない青白い足首をなぞっては包み隠していった。


 男はぼうっと膝を抱えて、草むらの真上に広がる無機質な青空と白い雲が、ゆっくり、ゆっくりと通り過ぎていくのを眺めていた。太陽がじりじりと暑い。男の背には大きく枝を広げた樹が、淡い水彩画のように風に揺られて光陰を変えている。生命力に溢れたその光景の中で、しかしそこに在るのは、風が草を揺らすさらさらとした音、ただそれだけだった。



 ふと横を見た。人二人分ほど空けて、これまた生気の感じられない青白い少女が、男と同じく膝を抱えて座って、じっと男を見つめていた。いつからそこにいたのか、そこに座ってどれほどの時間が経っていたのかも男にはわからなかったが、男は驚きもせずに、少女がそこにいることが当たり前かのように、表情ひとつ変えずにその瞳を見つめ返していた。

 二人ともお互いに、一切の言葉は発さなかった。それどころか、呼吸も鼓動も忘れているかのように、ただ静寂そのものとなって互いを見つめていた。



 どれほどの時間が経ったのか、そこに数えるものなどいなかった。瞳と瞳だけがそこには存在した。男は一筋涙を流した。頬を伝った雫がぽたりと、男が抱えた膝の間の影に落ちた。

 

 さらさらと、風が流れていった。ふと気づくと、少女はいなくなっていた。少女がいた場所には、他のほとんどの場所と同じように、長く生き生きとした草が伸びているのみだった。背後の大きな樹は静まり返ったまま、ただゆらゆらと枝葉を揺らして男を見下ろしている。男はまた正面を向いて、ぼうっと空を眺め始めた。


 そこにはもう何もなかった。


 ただ、静寂だけがそこにあった。

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木陰〈初稿〉 花岡 紫苑 @cicadaism

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