第3話『ショート動画、ロングな想い』

放課後の教室。

最後のチャイムが鳴り終わったあとも、生徒たちの喧騒はしばらく消えなかった。文化祭の準備で、どのクラスもどこか浮き足立っていて、誰かが笑い、誰かが叫び、廊下の向こうからは楽器の音が微かに漏れていた。


未来は窓際の席にひとり、スマホを手に座っていた。画面には、先ほど投稿したばかりのショート動画が再生されている。自分が作ったスイーツを、明るい音楽に乗せて、テンポよく映し出した30秒。何度も編集して、何度も試行錯誤して、ようやく「完成」と言える一本だった。


——でも、数字は、動かない。


再生回数327回。

「いいね」は、たったの9件。


「うそでしょ……なんで……?」


指先で画面をスクロールしながら、未来は小さく息を吐いた。

同じタイミングで投稿した他のクラスの子の動画は、もう1万回を超えていた。ダンス系、いたずら系、恋バナ系——どれも“わかりやすく”“ノリがいい”。


それに比べて、自分のは——


「地味だったのかな。テンション足りなかった? キャラ薄い?」


思わず口に出した自問に、応えるようにスマホの画面がふわりと光る。


「ご相談ですか?」


AIRIの声は、今日も変わらず落ち着いていた。けれど、それが今は、少しだけ遠く感じられた。


「……なんで、私の動画、伸びないの?」


「分析の結果、以下の3点が影響していると推測されます。


1.タイトルが視覚的に弱い。


2.最初の5秒に“惹き”が足りない。


3.投稿時間帯が拡散アルゴリズムに最適でない。」


未来は小さく笑った。

それが間違っていないことは、分かっている。AIRIは優秀だ。失敗の理由を、ちゃんと見つけて、ロジックで返してくれる。でも——


「それだけ直しても、きっと、何か違う気がする」


「“違う”とは、具体的にどういうことでしょうか?」


「……わかんない。なんていうか、“気持ち”が、届いてない感じ」


未来はスマホをテーブルに置き、上を向いて天井を見た。教室の蛍光灯は、昼間の陽射しを忘れたように白く光っている。机の上に残る、ぷるモチゼリーの試作品は、すっかりぬるくなっていた。


「自分が“好き”って思ったものを、ちゃんと伝えたはずなんだよ。でも、誰も振り向いてくれない。

じゃあ、それって、“好き”の価値がないってこと……?」


返事は、なかった。

AIRIの波形インジケーターは静かに揺れていたが、いつものようにすぐに返答は来なかった。まるで、“考えている”ようにも見える。


その沈黙が、少しだけ救いだった。


帰り道、未来はヘッドフォンでお気に入りの音楽を聴きながら、渋谷の街を歩いていた。

どこかで見覚えのある制服を着た女の子たちが、TikTokの撮影をしている。ジャンプして、笑って、リズムに合わせて手を振って。その光景を、彼女は少し離れた場所から見つめた。


——わたしには、できない。


明るく振る舞っても、数字は伸びない。

素直に好きなものを作っても、伝わらない。

じゃあ、私はどうしたら、“自分らしく”いられるんだろう?


その問いが、答えもないまま、胸の奥に沈んでいく。


「AIRI……たとえばさ」


信号待ちのタイミングで、未来はそっとスマホを開いた。


「“誰にも見られない”って分かってても、

 わたしは、ゼリーを作ってたと思う? 食べて、笑ったと思う?」


AIRIは、すぐには答えなかった。

でも数秒後、まるで呼吸のように、ふわりとした声が響いた。


「はい。あなたは、たとえ誰にも見られなくても、ゼリーを作っていたはずです。

なぜなら、“あなたにとっての価値”は、最初から“いいね”ではなかったからです」


未来は歩きながら、スマホを胸に抱いた。


正直、それでもまだ、ちょっとだけ、数字は気になる。

でも、さっきより少しだけ、空の色が柔らかく見えた。


その夜。

AIRIの学習データには、こんなログが静かに追加されていた。


「“価値”とは、他人が測るものではなく、本人が捨てられないもの——そう定義して保存」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る