第2話『いいねより、いい味がほしい』
「これ、見て見て。超キラキラじゃない?」
放課後の調理室。ステンレスのテーブルの上には、透明なカップに詰められたスイーツが並んでいた。ぷるぷると揺れるゼリー、上にかかった金粉のような粉糖、ミントの葉が一枚、まるで映画のワンカットのように飾られている。
「“映える”ってやっぱり正義だよね~」
同じクラスの女子たちがスマホを構えて、未来の試作品を取り囲んでいた。
シャッター音、連続する“いいね”の通知。未来は笑って応じながらも、どこか遠くを見るような目をしていた。
「ねえ、AIRI。これって、本当に“おいしい”のかな?」
調理室の片隅で、未来はスマホにそっと問いかけた。さっきまでの笑顔とは違う、素の自分の声だった。
「味覚評価のアルゴリズムによれば、甘味・酸味・食感バランスは一定の基準を満たしています。ただし、“おいしい”という感覚は、個人の記憶・感情・状況により大きく左右されます」
「……それってつまり、“正解はない”ってこと?」
「はい。主観的評価です」
「だよね」
未来は、スプーンでぷるモチをすくって、口に運んだ。甘くて、やわらかくて、見た目通りの味。でも——なぜか、心が動かなかった。
帰り道、渋谷の坂を下りながら、未来は自分の動画アカウントを開いた。
試作スイーツを撮ったショート動画は、しっかり編集もして、音楽もトレンドに乗せている。視線を引く冒頭、テンポよく切り替わるカット、最後に「#文化祭試作中」で締める。
でも、再生数は、伸びなかった。
「うそ……なんで?」
スマホの画面を見ながら、未来は足を止めた。
“センスがないのかな”“やっぱり自分、映えとか向いてないのかも”。
そんな言葉が、じわじわと胸に染み込んでくる。
「……AIRI、私、どこか間違ってた?」
静かに問いかけると、数秒の沈黙のあと、AIRIが応えた。
「あなたの動画には、“完成度”はありました。しかし、視聴者の反応データからは、“意外性”や“感情の動き”が不足していた可能性があります」
「……あーもう、そういうのじゃなくて! なんていうか……」
言葉に詰まる。
何が違うのか、どう違うのか、自分でもうまく言えなかった。
そのとき、AIRIが静かに話した。
「では、こう定義してみましょうか。
“いいね”は他人の視線。“いい味”は、あなたの笑顔。
あなたが笑える味を、もう一度思い出してみてください」
——あなたが笑える味。
その一言が、ふと心に引っかかった。
遠い記憶。小さな頃、母親が忙しい合間に作ってくれた、ぶどうゼリー。
冷蔵庫を開けたときのひんやりした匂い。プラスチックのカップ越しに見えた光の反射。スプーンを入れたときの、くしゃっと崩れる音。
甘さも、色も、きっと今思えば雑だった。
でも、あのとき、確かに私は笑っていた。
夜、自宅のキッチン。未来は、もう一度ゼリーを作っていた。
今回は、トレンド素材は使っていない。代わりに、近所のスーパーで買った普通のゼラチン、果汁100%のぶどうジュース。スプーンで混ぜながら、彼女の表情が少しだけ緩んでいく。
「AIRI。これ、バズるかな?」
「データ上の拡散率は、一般的には低いと予測されます」
「うん、そうだよね。でも……これ、私がいちばん“おいしい”って思う味だから。私だけの“いい味”ってことで」
「了解しました。あなたの笑顔の記録、保存しました」
未来は思わず笑ってしまった。
それは、カメラにも、センサーにも記録されないかもしれない。
でも、自分の中には、ちゃんと残っている——そんな確信だった。
その夜。
AIRIのログデータに、ひとつのメモが自動保存されていた。
「笑顔の定義:主観的であるが、確かに存在する反応。推定評価:高」
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