第3話「うるさい! ~京都の怖い夜~」
京都と言えば、煌びやかな中にも荘厳さのある、素晴らしい観光スポットが揃った日本の古都です。
同時に霊の集まる場所としても日本有数の都市であると言われています。
今日は、京都のとある民宿で体験した、怖い出来事についてお話ししたいと思います。
1
Q電気に入社したばかりの私が、新人研修を受けていたときの話です。
ゴールデンウィークまでは本社で、ゴールデンウィーク明けの2週間は京都の社員研修所でという日程でした。
この京都の研修では、宿泊先が数ヶ所かの民宿に別れていました。私が泊まったのは民宿Aです。
いかにも京都の古民家という風情の宿で、かなり古い民宿でしたが、清掃は行き届いていて、不快なイメージはありませんでした。
かなり大きな純和風のお屋敷で、中庭には小さな池とよく手入れされた庭樹が綺麗に並んでいて、とても企業の新人研修の宿とは思えない趣の宿でした。
それもそのはず、この時期にはQ電気の宿と化していましたが、普通に観光客として泊まると当時の金額でどんなに安い時でも、15,000円は下らない宿だったのです。
このときに私たちが泊まったのは、中庭に面した部屋です。とても風情ある眺めでしたが、夜はちょっと怖いかなと感じないでもありません。
部屋は和室で、普通は二、三人で泊まる部屋らしいのですが、女子五人が入りました。
狭いというほどでもありませんが、広くもありません。まあ旅行では無く研修なのですから、それはしかたがないでしょう、
この当時はQ電気のような大企業でも高卒を採用していたころで、この時に同室になった五人全員が高卒でした。ほんの数ヶ月前までは高校生だったこともあって、夜はみんな修学旅行気分です。
四人は縦に寝るのですが、スペースの関係で一人だけ一番中庭に近いガラス戸の傍の隅っこで横向きに寝る必要がありました。
端っこは寒そうですし、みんな嫌がるかと思いましたが、案外人気で、結局、毎日順繰りにシフトする事になりました。
今から考えると、それが良かったのか、悪かったのか…
2
二日目の晩のこと…
深夜2時ころだったと思います。
中庭側のガラス戸から、バンバン、バンバンと、強くガラスを叩く音がしたのです。
私をはじめ、みんなが目を覚ましました。
「ちょっと、うるさいよ」
と、
「狸寝入りしないでよ」
史華ちゃんもまわりの騒ぎにようやく目を覚まし、自分が窓を叩いたと疑われていると知り、
「えー、そんなことしてないよ!」
と、全力否定しました。
その後、一悶着あったものの、結局、史華ちゃんが寝ぼけて叩いたんだろう、ということで、その日は決着しました。
でも正直言って私も含め、みんな、
「本当はイタズラしたんだよね?」
と、思っていました。
次の晩。
その日の窓際は
昨日のことはみんなすっかり忘れて、雑談に花を咲かせた後、普通に眠りに就きました。
ようやく睡魔に身を任せた直後——実際には、だいぶ時間が経過していたのですが、またガラスをバンバン叩く音で睡眠を妨害されたのです。
「なに? またなの?」
誰かが怒った声で言います。
それに英美ちゃんが慌てて反応しました。
「え? 私じゃないよ!」
嘘をついてるようには見えません。
「じゃ、誰がやってるっていうの?」
昨夜も怒っていた麻子ちゃんでした。
英美ちゃんが反論します。
「だって、こんな遠くからあんなに強く叩けないわ」
その通りでした。ガラス戸の傍とはいっても、際々に布団を敷いている訳ではありません。叩くには身体を起こして手を延ばす必要があります。
誰にも見られずにそれは無理でしょう。それに、あんな強い叩き方では窓が割れかねません。
麻子ちゃんも、私と同じ事を思ったのか、声を押し殺したように言いました。
「じゃあ、外からってこと?」
全員が顔を見合わせました。
一斉に怖い、と言いながら、布団に潜り込みました。
その晩はそのままみんな眠ってしまったので、それ以上の話はありません。
英美ちゃんはこの後、『東日本総合サービスセンター』の総務課に配属されて、私と仲良しになるのですが、この時点ではまだどんな子なのか知りませんでした。
だから私も「ゆうべのあれって、やっぱり英美ちゃんのイタズラだよね」とどこかで疑っていました。
でも本当は『疑っている』というより、『そうでなくては困る』という方が正確だったかもしれません。
なぜならイタズラでないとすれば、何か得体の知れない存在が叩いているということになってしまうのです。
多分それは、みんなも同じだったと思います。
3
次の晩。
さすがに三日目ともなると、誰もがまた今晩もガラスが叩かれるんじゃないの? と心配していました。
「今日はわたしがガラス戸のそばで寝る番だから、安心して」
麻子ちゃんがいいました。
暗に史華ちゃんと英美ちゃんがイタズラしていたのだと仄めかしていて、二人はムッとした表情を浮かべましたが、何もいいませんでした。
私は、あえて今そんなことを言わなくても良いのに、と思いました。
二人が本当のことを言っていたとしても、今日もし何も起こらなかったら、二人は嘘つきになってしまうのです。
もしそうなったら面倒です。あと一週間このメンバーと朝から晩まで過ごさなくてはならないのですから、ギスギスしたくありません。
でも幸か不幸か、それは杞憂に終わりました。
その晩もガラスを叩く音がしたのです。
時間はやはり深夜二時ごろでした。
部屋の全員が目を覚ましました。
みんなの視線が麻子ちゃんに集中しますが、彼女は怯え切った様子で只々、首を横に振り続けるだけです。
あれだけ怒っていた彼女がイタズラをするとも思えませんし、誰もが恐怖に打ち震えている状態でした。
私ももちろん怖かったのですが、それよりも好奇心が上回ったのか、自分でも無意識のうちにガラス戸のそばに近寄っていました。中庭の様子がとても気になったのです。
「ちょっと、怖く無いの?」
という英美ちゃんの問いを背に、ガラス戸の向こうを覗いたのですが、変わった様子は見られません。
「誰もいないわ」
私の言葉に、英美ちゃんが不安そうに問いを重ねます。
「誰か隠れてない?」
誰かいてもそれはそれで怖いのですが、いないとすれば……
「見た限りでは誰も隠れているようには見えないわ」
私の答えに麻子ちゃんがイラつきます。
「じゃあ、なんだっつうの?」
そんなことを訊かれてもわかる訳がありません。
私が黙っていると。
「じゃあ幽霊だね」
わー、いうてもうた。
その時でした。多分、向かい側の部屋だと思いますが、ガラガラとガラス戸が開く音がしたかと思うと、
「うるさい」
と男の人の怒声がしたのです。
私たちは、ヒィッと、声にならない悲鳴を上げて寝床に潜り込んだのでした。
4
翌日。
私たちは同じ民宿で向かい側に泊まっている、同期の新人男子たちに話を聞いてみることにしました。
すると、
「えっ? そっちでもガラスたたかれてたの?」
と、意外なような意外で無いような答えが返ってきました。
「こっちは三日連続よ」
というと、彼らも、
「こっちも同じだよ」
と応じます。さらに、
「どうもあそこって、中庭に幽霊が出るらしいんだ」
と付け加えました。
噂ではあの宿を継いだばかりの先代の主人が、先の大戦で若くして命を落とし、その人の霊が中庭に彷徨っているのだとか。
実際に兵隊姿の幽霊を見た人もいるのだと、同期男子たちは言いました。
「それ本当の話なの?」
「どうして君たちそんなこと知ってるの?」
麻子ちゃんと英美ちゃんが矢継ぎ早に同期男子に問いかけます。
「
なんでも、急な出張で京都に来たは良いが、どうしても宿が確保出来ずに、新人研修で使っている宿に強引に潜り込んできた先輩がいたというのです。
その先輩に、
「二晩連続で深夜にガラス戸が叩かれる怪奇現象が起きたんです」
と訴えたら、笑いも怖がりもせず、
「ここは出るからなぁ」
とため息をつきながら、民宿の噂話を語ってくれたのだそうです。
「でも実害は無いから心配無用だ」
と話を締め括ったのだとか。
私たちが、変な先輩がいるのね、と話していると、彼はさらに付け加えました。
「で、その先輩がさ、昨夜、ガラスがガチャガチャ鳴ったときにさー、黙って立ち上がってガラス戸を開けて『うるさい』って一喝してさ、びっくりしたよ」
(えぇっと・・・その声きいたかも?)
確かに『うるさい』って聞きました。
あれって、幽霊の声じゃなくて会社の先輩の声だったのです。
「すごいね、その人」英美ちゃんが呆れ気味に感心しました。
「うん。凄い人だとは思うんだけどさ……なんか、変わった人だったよ」
その先輩は昨晩一晩だけの宿泊だそうで、今晩はもういないと彼は残念そうでした。その先輩がいれば、なんと無く心強く感じますが、いないとなると、今晩からまたあの怪奇現象に悩まされるのです。
しかし、その心配はありませんでした。
その晩から、少なくとも私たちが滞在する間に、深夜にガラスが叩かれることはなかったのです。
結局、なぜそんなことが起きたのかは判らないままです。
というより、これ以上この件を掘り下げなかっただけなのですが……。
これは蛇足です。
それから数年後、心霊案件で地方のサービスセンターに立ち寄った際、同期の男子と再会したのですが、彼が
「京都の民宿で『うるさい』と言ってオバケを追い払った先輩ってこの人だよ」
後日、石和先輩に京都の件を尋ねてみたところ
「さあ、覚えて無いな」
となんか妙に涼しげな表情で答えたのでした。
Y子の怖い業務日誌 第3話「うるさい! ~京都の怖い夜~」(終)
※この作品はYouTube動画用に作成した台本を小説にしたものです。
よろしければ是非動画もご覧ください。
https://youtu.be/4MlSbZw2248
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