第2話 旧いビジネスホテルにて

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 今日はビジネスホテルで経験した、怖い体験をお話ししたいと思います。



 私が仕事を始めた頃は、女性が宿泊出張に行くことがまだ珍しい時代でした。

 当然、ビジネスホテルに泊まる女性は稀で、よく奇異な眼で見られたものです。


 会社によっては単に遠方での業務を「日帰り出張」と呼ぶ場合もあるようですが、ウチの会社では「泊まりを伴う業務」を出張と呼んでいました。


 初めての出張の時、何故かみんな私の出張を心配してくれました。若い女がビジネスホテルに宿泊するのは何かと危険だというのです。

 正直、少し馬鹿にされている様な気がしました。私と同期の男子に対しては、そんな心配をしていなかったからです。

 まあ今にして思えばこれは仕方がなかったとおもいます。当時の私はまだ19歳。未成年の女の子を出張に出すのは、職場の皆さんにとっても初めての経験だったのです。

 そんな中 ちょっと変わった心配をしてくれたのが神宮礼為子かみやれいこさんでした。


「ホテルの部屋にはいろいろなモノが憑いているケースが多いから」


 と言って、除霊の呪文を教えてくれたのです。

 さらに、


「これを持っていなさい」


 と、お守りをいただきました。

 礼為子さんは私の配属された七課二係の事務員さんです。

 聞くところによると、もともと彼女はとある有名神社で巫女をしていたそうですが、あまり霊感の強さゆえに断念したとか。

 礼為子さんについては沢山の怖いエピソードがあるのですが、それはまた別の機会にお話ししたいと思います。



 さて、初めての出張話を戻します。


 結果から言うと最初の出張では何も起きる事は無く、呪文を使うことはありませんでした。

 石和いさわ先輩には「そうそう心霊現象が起きる訳が無いだろ」と笑われました。

 それはまぁ、その通りなのですが、礼為子さんは

「石和くんは多少の出来事では霊現象とは認めないだけよ」

 と何故か心外そうな顔をしていました。


 もともと心霊案件を扱う7課2係ですから、業務上、怖い現象に遭遇することは珍しくありませんでしたが、宿泊先にまでそれが追いかけてきたのでは、たまったものではありません。

 幸い、その後もビジネスホテルで心霊現象は体験しないで済みました。

 それで油断していたのかもしれません。

(まあ油断してなくても結果は変わらなかったでしょうが……)

 

 ある日ついにその時はやって来たのです。



 

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 会社に入って五年ほど経った頃でしょうか。F市という西日本の地方都市に出張に行った時のことです。


 翌日は心霊案件という事で石和いさわ先輩と二人作業です。F市は遠方なのでに前泊です。

 急に入った案件だったため空いているホテルが少なく、予約出来たのはちょっと古めのホテルでした。そのホテル名を告げると、先輩が物凄くイヤな表情をしていたのをよく覚えてます。

 ホテルの部屋は思ったほど古い感じはせず、設備も値段の割には整っている方でした。

 セミダブルサイズのベッドがあり壁と一体となった机があるような、標準的なシングルルームです。


 私はいつもの様に二十三時ごろ、眠りに就きました。 

 私は寝るのが得意な女ですから、枕が変わったから眠れないなんてこともなく、出張先でも普通は朝までぐっすりと眠ることができます。

 でもこの日に限ってなぜか目が覚めたのです。時間ははっきりとは判りません。おそらく二時か三時頃だったのではないでしょうか。

 そして目覚めると同時に、金縛りに遭ったのです——と言うより、金縛りで目が覚めたと言った方が正しいかもしれません。


 私にとって金縛りはこれが初体験でした。


 金縛りって、ただ単に身体が動かせなくなるものだと思っていましたが、この時の私は身体が痺れ、胸の辺りを誰かに押さえつけられている、そんな感覚がありました。

 もちろん声は出ません。

 出たところで私一人ですし、隣室に泊まっている先輩に聞こえるはずもありません。


 身体も動かせず声も出ない私は、礼為子れいこさんに教えて貰った呪文のことを思い出し唱えました。 

 しかし収まりませんでした。

 それどころか、


「そんなモン唱えても無駄よ」


 という、若い——というより幼なげな女性の声がしたのです。

 心臓が縮み上がる思いでした。

 無駄よ、と言われても私としては唱え続けるしかありませんでした。

 やがて、遠くから子供の歌声が聴こえてきました。


 ♪かーごめ、かーごめ、

 ♪カゴの中の鳥が……


 動かない身体が竦んでいくのを感じました。



 記憶はそこで途切れています。


 




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 小鳥のさえずりに目を覚ますと、朝になっていました。

 経験したことのないほどの寝汗をかいていました。


 シャワーを浴びた後、ホテルのレストランで朝食を摂りながら、昨夜のことを思い返していました。

 爽快に朝日が降り注ぐ席を選んだこともあって、昨夜感じたほどの恐怖はもう感じません。

 あれは夢だったのでしょうか?

 でもあんなにハッキリとした記憶がとても夢とは思えませんでした。


 やがて遅れて朝食にやってきた石和先輩に、昨夜の出来事を訴えました。

 先輩のことですから「そんなのは夢だ」と一笑に付すだろうと思いました。むしろ昨夜の恐怖を払拭するためにもそれを期待しました。

 でも先輩は「あぁ……」と、何かとても残念そうな表情を浮かべました。


「このホテルは、まあ、その手の話が色々あるからなぁ……」


「えー! 何で教えてくれなかったんですかー」


 i先輩は涼しい顔をしています。


「起きるかどうか分からんし、知ってても防ぎようがないじゃないか。わざわざ事前に怖がらせる事はないしな」


「まぁ、それはそうですけどね……」


 そうなんですけど、なんか釈然としません。


 このホテルしか確保出来ないと知った時の、i先輩の複雑な表情はそういう事だったんだなと、この時ようやく思い当たったのでした。




 出張から帰ると、私は礼為子さんにF市のビジネスホテルで体験した話をしました。


「そう。あの呪文が役に立ったの? それは良かったわ」


「でも、そんなもん唱えても無駄よ、て言う声が聞こえた時は泣きそうになりました」


 礼為子さんがムッとした表情を見せます。


「無駄? ふん。何、負け惜しみ言ってんのよ」


「あのう……。霊が負け惜しみを言うんですか」


「もちろん言います。霊だって亡くなる前は人間だからね。でも安心なさい。その霊は無事に撃退できてるから」


 そう言い放った礼為子さんのドヤ顔は、私の心に安堵をもたらしてくれました。

 でもその直後、石和先輩が余計な一言を付け加えました。


「一回そういうのを体験すると、続くからなぁ。気をつけろよ」


 気を付けろって言われたって……

 なんか心に突き刺さりました。

 私は先輩の言葉を否定してもらうことを期待して礼為子さんの方を振り返りました。


「そうとは限らないですよねー」


 しかし彼女は何も答えず、ただ微笑むだけでした。



 そしてこの後も石和先輩の言葉通り、何度もホテルで怖い体験をすることになるのですが、それはまた別の機会にお話ししたいと思います。



Y子の怖い業務日誌 第2話「怖いビジネスホテル」(終)

 

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