Y子の怖い業務日誌
あとさわいずも
第1話「初めての心霊案件」
これは昭和の終わりから、平成が始まった頃のお話です。
社会人となって間もない私は、ある電機メーカーで製品のアフターサービスを担当していました。
ただ、配属されたのは普通のアフターサービス部門ではなくって、社内で『特殊部隊』ってあだ名されていた、かなり変わった部署でした。
この物語はその当時に体験した、数々の不可思議な現象の記録です。
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”事故物件”てありますよね?
過去に『事故死した人がいる』とか『自殺した人がいる』、あるいは『人が殺された』という類の不動産です。
さらに付け加えると、いわゆる『出る』物件のこともそう言われてませんか?
『出る』とはもちろん”幽霊”のことです。
まあ過去に事件や事故が起きているから、そんな噂も立つんでしょうけどね。
世間のほとんどの人はあまり気にしたことは無いと思いますが、この世の中には不動産以外にも事故物件的なものがあるんですよ。
例えば、『事故物件』ならぬ『事故家電』とでも言うしかない、ヤバい電気製品があるんです。
『事故家電』といっても、製品それ自体に問題がある訳ではありません。数えきれないくらい市場に溢れている製品ですし、安心してご使用いただける製品です。
ただ、それだけ世の中に数多く出回っている製品ゆえ、中には常識では説明の出来ない理由で、不具合が起きることもあるんです。
私が所属していたのはそんな『事故家電』のアフターサービスを行う係でした。そのため社内で”特殊部隊”なんてあだ名されていました。
業務内容としては『不可思議な事象が原因で弊社の装置が使えず困っているお客様のアフターサポートをする』
——そういう仕事です。
この説明ではよく判らないかもしれませんね。
もっとハッキリ言います。
私の所属していたのは、心霊現象などで使えなくなった製品のアフターサービスを担当する部署だったんです。
みなさん、きっと、
(まさか?)
て、お思いなったことでしょう。
そもそも心霊現象で電気製品が使えなくなるって、どういうこと?
そんな疑問が湧いたことでしょう。
その疑問にお答えするため、かつて私が経験したことをお話ししたいと思います。
昭和の末期——当時はまだ激レアな存在の工業高校女子だった私・
このころはQ電気のような大企業でも、高卒が入社することは珍しくありませんでした。
それよりも女子がサービスエンジニアとして採用されることの方が珍しい時代で、事実、Q電気でも私が初の女性サービスエンジニアだったのです。
数週間の新入社員研修と、九ヶ月に及ぶ技術教育を終えた私が配属されたのは『東日本総合サービスセンター』という、アフターサービス部門としては最大の拠点でした。
通常のサービスセンターよりも担当機種が細分化されていて、家電品関係だけでも7つの課に分かれていたのです。
私が配属されたのは第7サービス課2係です。
この第7課は社内で"特殊部隊”とあだなされる、少し変わった課でした。
1係が主に悪質クレーマーや訴訟が懸念される案件が担当で、2係は心霊案件が担当でした。
そのため"特殊部隊"と呼ばれる7課でも2係は
"超特殊部隊"
なんて呼ばれていたのです。
2
その”超特殊部隊”=7課2係に配属された私は、着任後早速、先輩の
これが初めてのお客様先への訪問で、なおかつ初めての心霊案件でした。
ラジカセの修理です。
ケースバイケースではあるんですが、ラジカセのような小型の製品は販売店が修理または引き取りするか、お客様が直接サービスセンターへ持ち込んでの修理依頼がほとんどです。メーカーのサービス員がお客様のお宅に訪問して修理をすると言うことは基本的にありません。
ところがその時の依頼はお客様のお宅に訪問してラジカセの修理をする、というものでした。
逆にいえば、敢えてお客様のお宅に訪問しなければならない=普通の案件では無い、ということです。
「不思議な『声』が録音されるんです」
私たちが訪問すると開口一番、お客様はそうおっしゃいました。四十代半ばくらいの少し神経質そうな女性です。
案内された部屋には音響機器が並んでいました。ご家族にオーディオマニアいるのかもしれません。
不思議な『声』が録音されるという情報は事前に確認済みでした。
『声』とは、『録音されるはずの無い声』のことです。
つまり『この世ならざる者の声』が録音されると言っているのです。
だからこそ
お客様は一方的に話を続けました。
「これは息子が愛用していたラジカセなんです」
とか
「息子が自殺なんかするはずはないんです。学校でいじめられたに違いないんです」
だとか、そんなお話です。
そして最後に——
「あの声はむすこの声なんです」
と、断言しました。
私は内心、
(んな訳ないでしょ?)
と呆れていました。
この案件は、うちに回ってくる前にオーディオ機器担当の3課が何度も持ち帰って「異常無し」ということで、お客様にご返却しているのです。しかも最後には弊社から製品丸ごと交換の提案までしていたのです。
ですが、
「あれは息子の使っていたラジカセなんですよ! 代わりなんてあり得ません」
といって拒否したのです。
たしかにこれだけオーディオ機器が充実したご家庭であれば、このラジカセ自体に強い思い入れが無ければ、こんな何の変哲もないラジカセの修理は依頼してこないと思いました。
でも『この世ならざる者の声』に対して、一体どんな処置が可能なのでしょうか?
お客様の話がひと段落したところで、私が先輩の様子を窺うと平然としています。
「それは色々とお困りでしょうね。判りました。今から改めて再調査させていただきます」
先輩は神妙な顔つきでそういうと、早速ラジカセの動作点検を始めました。
まずは症状(という表現が適当かどうか判りませんが)の確認です。お客様が不思議な『声』が録音されていると主張するテープを再生しました。
最初の30秒くらいは単なる日常の生活音が再生されていましたが、やがて、
「ううぉ……、うう……、おぉぉをぉ……」
という何だか得体の知れない、呻き声ともなんとも言えない音声が聞こえてきました。
聞いたことのないような不気味な声です。
正直舐めていました。
こんなに恐ろしい声が録音されているとは思ってもみなかったのです。
私は完全にフリーズしてしまいました。
一方、先輩には全く動じた様子がありません。
それどころか腕組みして「なるほど」と小さく呟いて、何か納得した様子です。
次に会社から持参した新品のカセットテープを使って、三分くらい録音をしてみましたが、異常な音声が録音されることはありませんでした。
3
その後の
確かにラジカセのカバーを開けて、それらしい作業をしてはいるのです。でもド新人の私にも何となく分かりました。
(先輩……、何もしてなくない?)
ただ、カバーを開けて中身を掃除しているだけにしか見えませんでした。もちろん内部をキレイにすることは製品にとって良いことではあるんですが、謎の声への対処とはいえません。
そう。 処置をしている”フリ”をしているのです。
(え?)
(どういうこと?)
私は混乱しました。
しかしここはお客様のお宅です。今、迂闊にそれを口にすることは出来ません。
困惑する私を他所に、先輩はカバーを閉めて作業を終えてしまいました。
私としては先輩に質問したいことが山ほどあったのですが、ちょうどそのタイミングでお客様が戻ってきたため、それは叶いませんでした。
「どうですか?」
お客様は不安そうな表情を隠しません。
そんなお客様に先輩が残念そうな表情で、しかしキッパリと言い放ちました。
「お客さん、これは修理不可能です」
(えーっ、そんな言い切ってしまっても大丈夫なんですか先輩!?)
そう私が懸念したとおり、案の定お客様は、
「そんな無責任な!」
と一気にお怒りモードへ移行してしまいました。
でもお客様からいくら詰られても先輩は平然としています。
お客様のお叱りがひと段落すると、今度は先輩のターンです。
「お客様にどんなに怒られても、どうしようも無いんです。なぜならこれは故障していません。現状100パーセント完全に正常に動作しています」
先輩が断言しました。
でもお客様は納得がいかない様子です。
「じゃあどうしてこんなことが起きるんですか!」
「ハッキリ言います。これは装置の不具合では無くて、霊障——つまり心霊現象によって引き起こされた不具合です」
私は唖然としました。
(それ・・・そのまま言っちゃうんだ?)
……知ってはいたんですよ。
私の配属先が、そういう部署だってことは……。
だけどまさかこんなにハッキリとお客様に「それ」をお伝えするなんて思っていなかったんです。
まだ、この時は——。
お客様も絶句しています。
もちろん「息子の声が録音されている」なんて言ってたくらいだから、ある程度心霊現象を意識していらっしゃったとは思います。でもまさかメーカーの技術者がそんな事を言うとは想像していなかったに違いありません。
しばらくお客様は言葉を失っていましたが、やがて静かに問い直しました。
「じゃあ息子が霊となってこの声を録音したってことですか?」
「息子さんなのかどうかは私には判りませんが、お母様がそう感じるのならそうなのでしょう」
お客様——お母様はもう今にも泣き出しそうです。それでもなんとか声を振り絞ってこうおっしゃいました。
「じゃぁ、この声を録音しないようにはできないと言うことですか……」
「そりゃ、方法がないこともないですがね……でも、いいんですか?
僕が思うにこれは息子さんからのメッセージです。
このままにして、メッセージを受け取られてはいかがしょうか?」
お母様はついに泣き出してしまいました。
4
怖い出来事でしたが、ちょっと切ない気持ちにもなりました。怖いけどいい話を聞いたような気分です。
でも帰りの営業車のなかで、その気分は先輩によってブチ壊されてしまいました。
「ん? あれか?
んなもん霊の声なわけないだろ。だいたい何でただの生活音を録音する必要があるんだよ。
あれは明らかに、あのお母さんが自分で吹き込んだんだ」
でも先輩によると回転数を調整できるテープレコーダーが、あの家にあったというのです。
「あの音声テープ持って帰って早い回転で再生したら、あのお母さんの声になるな」
自信たっぷりに先輩が頷きました。
言われてみれば、そんな気がします。
あのとき先輩が納得したように「なるほど」と呟いたのはそういうことだったようです。
でも私の疑問は他にありました。
「あのお母さんはどうしてそんな嘘をついたんですかね」
「さあな。
これは俺の想像だけど、多分あのお母さんは話を聞いて欲しかったんじゃないかな?
女性客に多いんだが、ああ言う訳のわからない事を言う人は大抵話を聞いて同意して欲しいだけなんだ。
それに対してこっちは技術的に理詰めで反論するから、話が収まらないんだよ」
それは何となく理解出来ました。
これは男の人に多いのですが、なにか相談をすると上から目線でアドバイスや反論する人がいます。こっちは話を聞いて同意して欲しいだけなのに……
多分あのお母さんもそんな気持ちだったのでしょう。
これで今回のお話は以上です——
と、言いたいところですが、実はまだ続きがあるのです。
後で考えると、何故そんな事をしようとしたのか、判りません。
先輩からの指示もありませんでしたし、その必要もなかったのですが、会社に帰ってから、何となくあの時録音チェックに使ったテープを再生してみたのです。
ホント、何となくです。
そして、私は思わず「いやっ!」と、小さな悲鳴をあげてしまいました。
私の悲鳴を聞いて、i先輩と事務員の
入っていたんです。あの声が。
現場で、チェックした時には確認できなかった、あのうめき声が……
さすがの石和先輩もこれには言葉を失い、何か困ったような残念そうな表情を浮かべて唸るように言葉を発しました。
「礼為子さん。これはお祓いをしましょう」
礼為子さんは黙って頷くと、どこかに電話をかけるのでした。
これが私が初めてお客様先へ仕事へ行った時の体験です。
まだまだ、こんなお話は沢山あるのですが、また機会があればご紹介していきたいと思います。
Y子の怖い業務日誌 第1話「初めての心霊案件」(終)
※この作品はYouTube動画用に作成しま台本を小説にしたものです。
よろしければ是非動画もご覧ください。
https://youtu.be/SQd3Gm6d1t8
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