6-3
どうせなら、私も何か一つ遺そう。遺書なんて書く気すらなかったけれど。
しかし、私は気づいた。三人が遺してくれたからこそ、私は三人のことを知ることができたということに。
春がどうして悩んでいたのか、本当の夏希とはどういった人物なのか、冬香は何を考えていたのか――私の知らない三人がそこにいた。
誰にも見てもらうつもりなんて更々ないし、何か伝えたいことがあるわけじゃないが……知る機会を与えてくれたことについて、三人へのお礼でも書いてみようかと思った。
再び自分の部屋に戻った私は、便せんはなかったため、代わりに授業で使っていたメモ帳を取り出した。
そしてそのまま筆を走らせる。
『世界は残酷で、現実はそう甘くない。だけれど、そんな私にも生きる意味ができた』
三人に比べればずっと短い文章だった。
でもこれでいいんだ。私は誰かに何かを伝えたいわけじゃないし、ただ自己と仲間のために書いているだけだから。それに、そもそも私は伝えることが大変下手だ。長く書いたところで長ったらしい文章になるだけだろう。
私は雑に書かれたメモ帳を折りたたんで、偶然にも机の引き出しの中に一枚だけ置いてあった封筒に入れてシールで封じた。
追加で封筒を入れると自室から出て、私は学校にいつも履いていく運動靴を履き家のドアを開けた。
ドアの先に見えた景色は快晴だった。
そういえば、空をちゃんと見たのはいつぶりだろうか。今までずっと地面しか見えていなかったのに。
秋が終わりかけている少し肌寒い風が私の皮膚を攻撃する。
スコップのせいで背中に大きな負荷がかかっている。中学生になってからも一向に運動していない自らの体力が心配になる。
人々の生活は変わらない。たとえ、私が変わったとしても。
周りを見ると、犬と散歩をする大学生くらいの人物や買い物に行く老人、子供と休日を楽しんでいるのであろう母親らしき人物など、様々な人がいた。
みんな、今日と言う日を普通に生きている。
この人たちは、もしかすると今日世界が滅ぶかもしれないことや私が三人の友人を失ったことなど知る由もないのだろう。
だが、それは私も同じだ。私はこの人たちのバックストーリーなど知りも知らないし、今後も知ることはないだろう。
人は知らないことがとても多いな、と歩きながら私は思う。
山までは家から歩いておおよそ十分ほどで着く――といより、寧ろ山の中に住んでいる。しかし問題はそこからだ。
冬香が教えてくれた『四本の太い根の張った木の下』は山をそこそこ登った位置にある。一時間ほどは山を登り続ける覚悟をしておいたほうがいいだろう。
山へ続く道へと入ったが、この辺りは虫も動物も多い。田舎だから仕方ない。
獣と草木の混じった匂いが私の鼻を刺激する。
山の道はえらく傾斜になっており、運動をしてこなかった自分には険しい道のりだった。
こうして歩いていると運動部だった春や夏希はすごいなぁ、と感心する。
「……?」
携帯電話が物凄く振動している。
私は一度その場に足を止め、携帯の画面を眺めた。
――やっぱり、そういうことだったんだ。
知っていた。――いや、知らされていた私はそこまで驚きを覚えなかった。
とにかく進まなければ。私にはやらねばいけないことがあることを思い出した。
私は足を進めた。
不明瞭な未来に悩んで生きる希望を失っていた私だが、今は未来が見えている。
人生の終わりというゴールが見えてしまった。だから今は――不思議と、生きている心地がした。だからまだ歩ける。
足を進める度にひし形のピアスが揺れた。
ただ今一つ言えることは、冬香は間違っていなかったとういうことだ。
彼女がこのことを危惧して死を選んだのは、間違っていなかった。
そこで私は彼女からの手紙を思い出した。
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